第8話 恋とか愛とか家とか腐れ縁とか

「知らなかった……」


 四季が告白されていることは勿論、四季がモテるなんて想像もしていなかった。

 あんなに意地悪で、ひねくれもので、偉そうで、朝が弱い四季がモテるなんて、それはもうこれっぽっちも。


「紅葉ちゃん、ずっと四季くんが側にいるから、綺麗な人に慣れちゃってるんだよ。紅葉ちゃんから恋バナとか聞いたことないもん」

「それは……家のこともあるし、恋したって報われるか分かんないしさ」


 この特殊な生まれのせいで、幼いころから恋愛がどこか他人事のように思えていた。八咫烏の家系に生まれたからには、一族のためになる結婚をするべきだと、幼ながらに考えてきたからだ。

 だが、ありがたいことに父も母も、兄だって『恋愛は自由にしていいんだよ(兄:でも相手は選べよ)』と言ってくれている。


 しかし、あくまで『恋愛』の話。

 今は安泰でも、もしかしたらこの先、士門家が八咫烏筆頭の任を解かれることがあるかもしれない。

 そうなった場合、一家存続のため当然権力のある家との縁談が浮かび上がってくる。

 その時に本当に好きな人と付き合っていたとして、相手によっては家族に反対され、分かれることになるかもしれないし、見ず知らずの人と結婚しなさいと、紅葉の意思は関係なく言われるかもしれない。


(そうなった時、私はどうするんだろう)


「紅葉ちゃん? どうしたの黙り込んじゃって」


 四葉の心配するその声に、ハッと我に返る。

 四葉は困ったような顔を浮かべて、紅葉の顔を覗き込んでいる。紅葉は四葉に微笑み返して、「何でもない」とかぶりを振る。


「ほら、食堂行こ! 早く行かないと席が埋まっちゃう」

「え、でもいいの? 四季くん」

「いいのいいの! 第一、四季のプライベートにまで興味ないし」


 その言葉に、四葉はなにやら不服そうな顔をしたが、紅葉は気にせず食堂へ続く廊下を進んでいった。



 食堂へと到着した紅葉と四葉は、なんとか席を確保し、日替わりランチセットを注文して食事にありつく。


「「いただきま~す」」


 行儀よく手を合わせ、そして二人そろって、掛け声と同時に箸を進めていく。


「ん~美味しい! やっぱりこの学校の唐揚げは絶品だねぇ」

「私のお母さんもここの卒業生なんだけど、唐揚げめちゃくちゃ絶賛してた。いつかここの唐揚げを超えてやる! って料理始めたらしいよ」

「何それウケる! 紅葉ちゃんのお母さん、料理上手だもんね」

「おかげで四季に「今度お前のも食わせてくれ」なんて言われちゃって……。勘弁してほしいよ」


 はぁ、とため息を吐く紅葉とは正反対に、四葉の瞳は爛々と輝きだす。そしてズイッと紅葉の方へと身体を寄せた。

 その四葉の行動に驚いた紅葉は、四葉とは反対に椅子の背もたれまで身体を引いてしまう。まるで新しいおもちゃを発見した無邪気な子供のように、四葉は詰め寄る。


「お前のもって、もうそれ告白じゃん!!」


 きゃ~! と言いながら、四葉は両手で顔を隠し、なぜか恥ずかしがるように身を捩る。

 なぜ四葉の方が恥ずかしがっているのか分からないが、そんな四葉の様子を見ていると、かえって紅葉は冷静になる。


「なんでそうなんのよ。ただの気まぐれ! その後「別に本気じゃない」って言われたし、揶揄われただけ」


 ああ、思い出したらだんだんムカついてきた、と、紅葉は持っていたフォークで唐揚げをブスッと突き刺した。


「全く、四季くんはツンデレのデレが無さすぎる!」


 ダメね、愛情表現が出来ない男って! と、四葉も唐揚げを頬張りながら悪態を吐く。周囲にはお昼ご飯を前に色々な人の雑談話が飛び交っていて、紅葉達の話を気にする人はいない。

 それを良いことに、四葉は更に話を続ける。


「大体さ、四季くんは「幼馴染」っていう立場に甘えすぎてると思うんだよね。次期当主様か何か知らないけどさ、その内紅葉ちゃん、知らない男に横から掻っ攫われていくんだから!」


「いや、掻っ攫われて行くかどうかはさておき……」


 少しヒートアップしてきた四葉のテンションを宥めようとしたその時。


「声がうるせぇぞ。女なんだからもうちょっと静かに振る舞えよ」


 聞きたくもない、嫌な声が紅葉の背後から聞こえてくる。

 そちらを見てみると、まるで「アナタ怨霊でした?」と言いたくなるくらい下劣な表情を浮かべた男が、数人の取り巻きを引き連れて立っていた。


 燧石夏樹すいせきなつき。分家の一つである燧石家の長男で、跡取りとなる予定の男だ。

 彼も紅葉達とは小学生の頃からの付き合いだが、当時から何かにつけて絡んできては苦言を呈してくる。


「なに? 別にアンタたちに迷惑は掛けてないでしょ」


 紅葉はちらりとそちらを見た後、また正面へと向き直り、何事もなかったかのように食事を進めていく。

 目の前に座っている四葉は怯えた様子で紅葉の方を見ていたが、紅葉が「大丈夫」と目で訴えかければ、少しホッとした表情を浮かべて食事に手を付け始めた。


「相変わらず口だけは達者だな。ま、女なんて所詮口だけが武器だもんな」


 ケラケラと嘲笑うような声を浴びせられるが、こういう時は無視を貫くことが一番だ。

 本当は売られた喧嘩の一つや二つ、買ってやりたいところだが、そうしてしまうと周りの視線が痛くなる。

 中学生の頃、こういったいざこざの度に殴り合いの喧嘩に発展してしまい、事情を知らない人たちから『暴力女』というレッテルを張られてしまっていた。それ故に、友達作りに本当に苦労したのだ。

 流石に高校生にもなって二の舞を踏みたくはない。


 だが、その紅葉の態度も気にくわなかったのか、夏樹はいよいよ眉間に皺を寄せて歯を食いしばり、不快感を露にする。


「調子に乗んなよ……。元素も持たない無能が」


 そう言って、紅葉の隣に来たかと思えば、紅葉が用意していた水が入っているグラスを手に取り、紅葉の頭上でそれを傾けた。


「ひっ……」


 対面に座る四葉の身体が強張り悲鳴が上がったと同時に、周囲の人々がこちらを見てザワザワと騒ぎ始める。


「ちょ、燧石さんそれはマズいんじゃ……」


 流石にこの燧石の行動は予測していなかったのか、取り巻きの男が燧石を嗜めるよう声を掛けたが、燧石は相当頭に血が登っているのか、近寄ってきた男を祓いのけて、鼻息荒く紅葉を睨みつけている。


「頭湧いてんじゃねぇかと思って、冷ましてやってんだよ」


 紅葉は、ツー、としたたり落ちる水滴たちを一通り眺めた後、静かに立ち上がった。

 立ち上がったことにより、地面にぽたぽたと水たまりが作られてゆく。

 そうして下を向いたまま、夏樹の前に立ちはだかる。

 その顔を見なくても分かる。夏樹は未だにその卑しい顔を浮かべたまま、こちらを見下ろしているに違いない。

 紅葉は、自身の頭一個分は高い位置にある燧石の顎を、下から思いっきり掴み上げた。


「ゥぐ!?」


 反応が遅れたのか、情けない声を上げた夏樹の顔が、紅葉の手によってぐにゃりと歪む。

 紅葉は掴んでいる手に力を入れたまま、ゆっくりと顔を上げ、夏樹を見据えた。


「アンタね、やっていいことと悪いことがあるでしょ。自分ちの当主様に教わらなかった?」


 ゆっくりと、丁寧に、子供が粗相をして叱る母親のように、紅葉は夏樹に言い聞かせる。

 気付けば周囲の雑音はなくなり、その二人の様子をただじっと見守っている。


「それとも何? 自分がエライ! 次期当主なんだ! って思ってるから、こんな恥ずかしいこと平気で出来るわけ?」

「は……なしぇ!」


 夏樹が掴まれている紅葉の手を離そうとするも、普段から弓矢を引き鍛えている紅葉の腕力は相当のものだ。ちょっとやそっとじゃびくともしない。


「アンタがそんなだから、分家筆頭になれないって分かんないわけ?」


 その紅葉の言葉に、夏樹の目がカッと見開かれる。

 図星を突かれたのか、みるみる顔が真っ赤に染まっていく。まるで茹でダコのように染まっていく様を見て、紅葉は思わず「うわ、顔やば」と口にしてしまった。

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