第7話 アイツはモテる……?
♢ ♢ ♢ ♢
「紅葉ちゃん! 食堂行こ〜」
4時間目が終了した直後、紅葉は背後から声を掛けられた。
振り向いた先にいたのは、
白石家は分家の中ではあまり地位こそ高くはないものの、術師が最も多く使用すると言われる護符を生成するスペシャリスト集団で、紅葉達が使用している護符のほとんどは白石家作のものだ。
そういうこともあってか、いざこざが絶えない分家の小競り合いの中で、士門家、御門家共に友好関係を築いている数少ない分家だ。
食堂への移動途中、四葉は紅葉の顔をじっと見つめて問いかけてきた。
「そういえば、四季くんと喧嘩でもした?」
いきなり四季の話題をぶち込まれて、紅葉は思いっきり顔を顰める。自分でも分かるくらい眉間に力が入ってしまっている紅葉の眉間を、四葉が「わ~怖い顔」と言ってツンとつついた。
「凄い皺寄ってるよ?」
「なんで四季と喧嘩してると思ったのよ?」
「だって、さっき四季くんとすれ違ったんだけど、今の紅葉ちゃんと同じような顔して歩いてったよ? 四季くんがあんな風になるの、大体紅葉ちゃんが原因だもん」
四葉が小首を傾げて言う。そんなことない、と反論したいが、思い当たる節があるせいで、紅葉はグウ、と口を真横に噤んだ。
「ていうか、午前中の授業出席してなかったよね?四季くん。どこ行ってたんだろう」
「知らないわよ。勝手に怒ってどっか行っちゃったんだから」
授業が始まってすぐ廊下に出てきたおかげで、周りに人はまばらで、堂々とこういう話が出来る。
周りに人がいないことを良いことに、四葉は紅葉の方を見てニタニタと笑みを浮かべている。
「朝から痴話喧嘩?」
「その顔止めて。喧嘩っていうか、私もなんで四季が怒っちゃったのか分かんないんだよね」
四葉を軽く睨みつけながら、紅葉はため息をついた。
心配をしてくれることはありがたいことだが、だがしかし、何度考えてみても、わざわざ怪我をしたことを四季に言う必要性は感じられない。
言ったら言ったで、きっと何か言われていただろう。そう考えると、どっちの道を選んでもこうなっていたような気さえしてきた。
「男心ってやつかな? 私も分かんないな」
思い当たる節があるかのように、四葉が紅葉に賛同する。
四葉には、幼いころからずっと恋焦がれている人がいる。
その思い人とは、本家筋次期当主・
分家筆頭の士門家の娘である紅葉さえ、その姿を数回しか拝見したことが無い。
あれは中学1年生の頃。
本格的に任務に就くことになったことにより、就任式が執り行われた肌寒い夜。紅葉が当主たちが集まる集会に、初めて参加した時の話だ。
父の後ろで控えていた紅葉の遥か先に、安部統司は姿を現した。
幾重にもその身に重ねられた、銀色に光る重たそうな装束を身に纏い、従者を四方八方に引き連れてそろりそろりと壇上を歩いていたのだ。その顔半分は扇で隠され見えなくなっていたが、目を逸らせなくなるほどに美しく、そして凍てつくまでの冷たい眼差しを、紅葉は鮮明に覚えている。
「あの方が、近い将来この八咫烏を統べる方だよ」と、父に教えてもらった。
彼も後数年すれば成人の儀を迎えるから、頃合いになると妃候補を見繕うために年頃の女子はみんな寄せ集められるとも。
八咫烏の結婚観は少し複雑だ。実力や家の大きさがものを言うこの世界。昔よりかは幾分マシになったと聞くが、分家の間でも未だに政略結婚がまことしやかに行われているくらいだ。
紅葉は分家筆頭の娘で次期当主様と年頃も近いから、可能性があるかもしれないねなんて、下世話な他の家の大人が言っていた。
対する紅葉は、そんなことよりもこれから自分に課せられる怨霊討伐という任務に対し、心臓が飛び出そうなほどバクバクしていたのだけれど。
だから、そんなことを言われていたのを、すっかり忘れてしまっていた。
(まぁ、こんな家事も何もできない女が、本家時期当主様のお嫁になんて、絶対にありえないもんね)
紅葉の事よりも、四葉だ。なぜ四葉が次期当主様を好きになったのか、紅葉は詳しい詳細を聞いたことはない。
だが、以前までの四葉は、恋バナになると聞いて聞いてと言わんばかりの勢いで迫ってきていたのに、今回に関しては次期当主様の事が好きだと打ち明けたっきり、それ以外の事は頑なに話そうとはしなかった。
そんな四葉に対して、こちらから詰め寄るのも野暮だと思い、今はそっとしている。
……というよりも、紅葉には良く分からないのだ。次期当主様といえば、一切笑わない、群れない、馴れ合わないということで有名なお方だ。風に乗って聞いた噂によると、自分にとって使えない人間はばっさりと切り捨てる、という、非情な性格でもあるらしい。
そんな人になぜ、接点もそうない分家筋の四葉がこんなにも恋い慕っているのか。
次期当主様と四葉がどうにかなるなんて、万が一にでもないだろうが、もしも四葉がこのよからぬ噂を知らなかったとして、現実を目の当たりにしたときに四葉が傷つかないかが心配だ。
四葉は、恋愛に関しては乙女チックな考えを抱きがちだ。それこそ、運命なんていかにも胡散臭い言葉が大好きだったりする。
そんな純粋でピュアな四葉を守ってやらないと、と紅葉は昔から勝手に思っているのだ。
「あ、四季くんだ」
四葉が窓の外を指さした。四葉の細長い指が示した先を追うと、そこには四季と、もう一人、見知らぬ女の子がいた。二人は体育館へと続く渡り廊下の辺りで向かい合って立っていて、相手の女の子は、頬を染めて両手を胸の前に当てていた。
「見てよ、四季の奴パーカーの帽子裏返っちゃってるわよ」
「いやいや、気にするところそこ? 四季くん、女の子と一緒にいるんだけど」
「相手の女の子、顔赤いけど熱でもあるのかな」
「どう見ても告白でしょう」
四葉が呆れたように言う。その四葉の言葉を聞いて、紅葉の目がまん丸に見開かれた。
『告白』。そのワードが、紅葉の頭をぐるぐると回っている。
(え、告白って、アノ告白の事? 好きな人に思いを伝えるっていう……。えーと、それはつまり、今あの二人のどちらかが、どちらかに告白をしているってことで……)
他人のそういった
「え、四葉、あの四季に彼女が出来るってこと?」
「紅葉ちゃーん? 落ち着いてね?」
考えすぎて思考が混乱している紅葉の肩を、四葉が揺さぶった。その振動で、紅葉はハッと我に返る。
「心配しなくても、今回も四季くんは断ると思うよ」
四葉は、まるで何度も経験したことがあるかのような口ぶりでそう言う。その四葉の落ち着きぶりや言動に、紅葉は違和感を口にする。
「今回『も』?」
「あれ、知らなかった?四季くん、高校に入学してから結構告白されてるよ?」
その四葉の言葉に、紅葉は空いた口が塞がらなくなった。よくSNSの動画で流れてくる、猫が驚いた様子で静止して動かないような、あの状態だ。
あの動画の猫たちも、なにかしらの衝撃を受けていたのだろうか。
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