第5話 守るべきもの

 竹林で囲まれている小道を進むと、一軒の古民家が見えてくる。

 古民家の四方には石像が並べ立てられ、まるで家を守っているかのような出で立ちだ。

 石像は動物を形取ったものだった。ただ、少しその造形は歪だ。


 東は青龍せいりゅう、西は白虎びゃっこ、南は朱雀すざく、北は玄武げんぶ

 青龍は、自身の身体を絡めながら威嚇するかのようにこちらを睨み、白虎は、姿勢を低くしながら毛並みを逆立て、牙を向いている。朱雀は、その両の羽を、大空をはばたくかのようにこれでもかと広げて天を向いており、玄武は、強大な図体のその背に背負う甲羅を覆うように、蛇の軟体がしめやかに渦を巻いている。


 太陽が昇る方角を正面に建てられた大きな施設から見て右手、玄武の石像に暁が手を当てがう。

 すると、触れた石像の表面が淡く光り、次の瞬間、ガガガと低い音を立てて石像が動くと、暁と四季の前に地下へと続く階段が現れる。


「さ、行こうか。ここから入るのは四季は初めて?」

「白虎の石像からは何度か」

「そう。じゃあ今日だけは士門家の婿養子になってもらおうかな」


 なんて言いながら、2人で階段を降りて行く。

 階段は一直線に続いていて、なかなか先が見えてこない。暁が2人の周りに火の玉を浮かべているおかげで微かに足元は照らされているが、それも心許ない。


 四季は片手で印を結び、人差し指を目の前で掲げた。四季の指先にポウ、と炎が灯ったかと思えば、今度はその炎たちが分裂し、四季と暁の足元を囲む。


「おお、これは便利だ」


 あっぱれとでも言うように、暁が声を挙げる。

 これくらい暁も朝飯前だろうと思ったが、言うとややこしいので黙っておいた。

 そうして、階段を更に進んだ最下層、こちらとあちらを隔てている扉の隙間から、微かに光が漏れ出ている。

 暁は扉をゆっくりと開いた。先程までの心もとない炎の光とは一転して、目が眩むほどの光に目を細める。

 扉を開けた先には、先程のロータリーで見た、黒づくめのスーツを身に纏った男たちが勢ぞろいしていた。

 扉から現れた暁と、その傍らに立つ制服姿の四季を見て、一同が目を丸くする。

 しかしまた、何事もない様に談笑を続けた。しかし、その中には決して気持ちの良いものではない密やかな小言も聞こえてくる。


「あれは確か……、御門の?」

「ああ、あの坊ちゃんか」

「何故ここへ? 平日だぞ」

「いや、それよりも……。今日現れるとは、なんとも間の悪い……」


 あちらこちらから聞こえてくる声にうんざりしつつ、しかしここで帰っては癪だと思い、四季はツンとした態度を貫く。

 その四季の態度に大層満足したかのような顔で、暁はうんうんと頷いた。


「四季、四季が来ているって?」


 その時、一人の男が人波を掻き分けてこちらへやってきた。


「あ、行平さん」

「父さん、久しぶり」


 四季の父親、御門行平だ。

 行平は上質な狩衣姿でこれまた仰々しい装いをしている。

 当主ともなると、こういった場には正装で出席しなければならないらしい。普段の家で見る姿と比べると、幾分格好よく見える。しかし、久しぶりに会った行平の表情は、息子の四季から見ても曇って見える。


「父さん、ちょっとやつれた?」


 四季の気遣いに、行平ははは、と控えめに笑う。


「分かるか? ちょっと立て込んでてな……。まぁ、ダイエットしようと思ってたところだから、丁度良かったさ」


 なんて笑っているが、その横にいる暁は険しい表情を浮かべていた。


「行平さん、少しお休みになられてください。このままだと、討論の最中に倒れてしまいますよ。そうなって困るのは、四季と紅葉なんですから」


 四季はハッとなって、先程の暁の言葉を思い出す。


 ——女性差別問題。


 それとなく、紅葉が上層部の間で厄介者扱いされていることは知っていた。

 それが、女であるということ、そして元素が判明していないことが問題であるとも。

 だが、今までで紅葉がヘマをしたことなど一度もないし、元素の供給だって、四季と紅葉の間で事足りている。

 人手が足りないこの八咫烏の中で、紅葉は主要な戦力だ。なのになぜ、こんなにも上層部の頭の固い老人どもは、女というだけで内々に仕舞おうとするのだろうか。

 四季が考えを巡らせている丁度その時、カランカランと鐘が鳴った。


「お静かに。本家ご当主様がお見えです」


 中性的ながら良く響く声と共に、先程まで談笑していた誰もが、等間隔で整列し、膝をついて頭を下げる。

 四季も周りに習い、床につくかつかぬかギリギリのところまで頭を下げた。

 顔も見えぬその人が一歩踏み出す度、シュル、シュルと、静かに衣擦れの音が響く。

 頭を下げているその丁度頭上に、誰かが座る音がした。そうして、足音の主は、凛とした声音で高らかに声を挙げる。


「皆、面をあげろ」


 その掛け声とともに、しずしずといった様子で、そこに居る誰もが頭を上げた。

 四季は、座る位置が悪かったと内心舌打ちをしつつ、頭を上げ、視線をその先へと向ける。


(……本家当主、安部統司あべのとうじ


 暁と同じくらいの年頃の、若い男。

 だがしかし、威厳あるその風格は、どう見繕っても同年代のそれではない。

 固く結ばれたその唇にはうっすらと紅が塗られていて、異様な気配を放っている。よく見れば切れ長の目元にも嫌味のない化粧が施されており、またその浮世離れな雰囲気を一層引き立たせた。


今日こんにちも、よろしく頼む」


 その声に「ハッ!!」という野太い声が辺りに響く。


「ああ、やだね。むさくるしい」


 隣に座る暁がぼそりと呟く。

 確かに、毎回このような感じでは、雅を生きる暁が息を詰まらせるのも頷ける。

 当主になると自分もこんなことをしなければならないのかと考えれば、四季でさえげんなりとしてくる。


「本日の議題は、戦力補充、及び拡大問題についてとなります」


 安部統司の傍らに控えるおかっぱ頭の少年が、抑揚のない声を発し、やけに小難しい議題を上げる。


「意見がある者は挙手をして発言を」


 その言葉を皮切りに、四方からポツポツと手が上がり始める。


燧石すいせき殿」


 その内の一つ、燧石組の当主に白羽の矢が立つ。

 50代後半の、ふくよかな腹をゆったりとした狩衣で隠しているオヤジだ。

 燧石の次期当主、燧石夏樹は、四季が通う学校の同級生でもあり、事あるごとに突っかかって来る厄介な奴だ。


 燧石家は平安期、つまり現代よりずっとずっと昔に分家筆頭争いに破れ、だがしかし今でもなお分家筆頭の座を狙っていると聞く。

 四季にとってはそのようなことどうでもよいことだが、あちらとしてはそうではないらしい。しかも、その次期当主の夏樹がなかなか小ズルい性格をしており、四季ではなく紅葉にちょっかいをかけてくることもしばしばあるのだ。


(あれが自分の息子の管理も出来ねぇ親父か)


 四季は薄目で、自身よりも後ろで座っている現燧石当主を見やった。


「現在、最重要守護地域とされる宮廷内の守護を、女子おなご、しかもよわい17歳の学生が行っていると聞いた。いかに分家筆頭の血筋とはいえ、怨霊どもを軽視しすぎではなかろうか」


 その言葉に、四季を初め、暁や行平の纏っている空気がピリついた。

 まさに一触即発、といった様子だ。


「さっそく、本題を切り込んできたね」


 暁は、口元をゆるませて笑みを浮かべているものの、だがしかしその瞳の奥は全く笑っていない。

 抑揚のない声を上げ、ポツリと呟いた後、行平が手を上げた。


「御門殿」


 少年の澄んだ声が御門の名を呼ぶ。

 その後、暁の隣に腰を落ち着かせていた行平は軽く一礼をした後、安部統司が座る上座を真っ直ぐ見て、胸を張って答える。


「以前も申した通り、これまで一度たりとも、守護に対する異常、及び不手際は確認されていない。それに、皇居内はもっとも神聖な場。ここにいる者の中でも、皇居内の結界に弾かれずに入れる者はごくわずか。今では士門家、御門家、そして安部本家の皆さまのみとのことは、ここに出入りしている者は誰もが知っていることでしょう。敷地内に足を踏み入れることさえ出来ぬ者達が何を言いますか。弁論の余地もございませんでしょう」


 怨霊はその昔、全国各地の至る所に出現していた。それを、特殊な結界を張り、出没地を数か所に限定させた。その結界は、関東に約4箇所、関西に約3箇所程存在する。

 その中でも最も強力な結界を張られているのが、四季と紅葉が守護している皇居と、関西に位置する京都御所だ。

 怨霊は、最も気位の高い天皇を狙って現れる。

 まだ都が西にあった時から、安部晴明は東にも強力な結界を張った。

 それは、いずれ日本の統率を図る地理は西から東に移ると予感していたからこそ為せたものだ。

 今の皇居は、あらかじめ強力な結界を張られていたところに、意図的に作られたものなのだ。

 そうして、その皇居内には、誰でも入れるという訳ではない。もし入れたとしても、土地に許されざる術者は、じわじわと土地のエネルギーに生命力を奪われ、最悪死に至る場合もある。

 現在では、士門家と御門家の両家、そして本家筋である安部家が、土地から許されし者達として守護を任されている。

 

 凛とした行平の言葉に、燧石家当主は押し黙るかと思いきや、更に言葉を繋げた。


「ハン! それがどうした。そんなもの、結界を新しく張り替えればよい。平安時代に張られた結界、色々とガタが来ているとお見受けする。ここらで一旦、新しい風を吹かせてみては?」


 今、皇居に張られている結界は、安部晴明が存命だった時に、彼と数人の陰陽師たちによって張られたものだ。

 確かに、結界はその効力を徐々に弱めていくもの。だがしかし、今のところ結界が緩まったという雰囲気は感じられない。


「して、新しい風と仰っていますが、女子を戦力の一つとして数えること、これこそ新しい風を吹かせることでは?」


 暁が横から口を挟む。確かにもっともな意見だった。しかし、その暁の言葉に、燧石は急に形相を変え、真っ赤になって憤り始める。


「若造は黙っておれ! 口が減らぬガキが……、どこでそのような生意気な態度を覚えてきた」

「さぁ? すぐそばにある手本を見て育ったもので……。もしかしたらこの先、10年もすれば、今度は猿のように顔を赤く染めて、鼻息荒くいきり立つようになるかもしれません。無論、そうならないように気を付けますが」


 さらりと口から零れる暁の嫌味に、燧石は顔のみならず首や耳まで真っ赤に染め上げる。

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