第4話 次期当主の2人

騒がしい東京の中心地を離れた、閑散とした市街地。

 改札を抜けた先にあるロータリーには黒塗りの高級車がずらりと並んでおり、それに乗り込む者たちは全員、袴姿かスーツ姿という仰々しい出で立ちをしている。

 その様子を一瞥した後、四季は少し離れたところに手配しておいたタクシーへと乗り込んだ。

 50台半ばの人の好さそうな男性運転手へ行先を告げると、男は驚いたようにミラー越しに四季へと目線を向けると「承知致しました」と言って、少し昂揚した表情を浮かべて車を走らせた。


 行先は、車で15分位のところに位置する、地図にはない場所。地元民のみぞ知る所だ。

 林に囲まれた最奥にあるそれは、表向きは普通の民家として運営されている施設。

 だが、実は密やかに八咫烏が集会を行う場所でもある。


 この街で働く人のすべては、八咫烏の所有物だ。

 今目の前に座るタクシーの運転手でさえ、元を辿れば八咫烏の組織に買われている使用人。

 土地や報酬など、八咫烏と契約をした者はそれらを何不自由なく与えられ、この街で生活することが出来る。


 だが、与えられる特権が多い分、制約も多い。

 たとえば、契約をした者はこの街から一生出られない。この土地で家族を営むのも良し、自分一人で生きていくにも良し。

 定年まで働いていれば、老後は約束されているのだ。よほどのことが無ければ、死ぬまで苦労せずに暮らせる。


 そして、もう一つは、八咫烏の情報を一人たりとも漏らしてはならない。

 ここには国家重要遺産の神社がこの土地に存在している為、観光地としても比較的有名だ。

 都心からのアクセスもしやすいとなれば、当然、出入りする外部の人間が増える。

 その際に、八咫烏の事を少しでも漏洩すれば最後、この街の市民権を剥奪され、そして八咫烏の記憶ごと、その存在を亡き者にされる。

 最悪の場合、国外追放といった徹底ぶりだ。


(まるで、監獄だな)


 昔から変わらない。

 この街に住まう人々には、覇気がない。これでは生きているのか、生かされているのか、分かったものじゃない。

 窓の外をぼんやりと眺め、四季はため息を吐いた。学校を休んで来たくもないこの場所に足を運んだ理由は、紅葉の兄に会うためだった。


 士門暁しもんあかつき。紅葉の兄にして、士門家の次期当主。

 そして、四季に戦闘術の全てを教え込んだ師でもある。よわい24歳、現在大学院生の暁は、家業を紅葉に託した後、現当主と共に八咫烏の定例集会へと足を運ぶようになった。

 それはもちろん、士門家次期当主としての経験を詰むためでもあるが、それだけではない。


 タクシーを敷地内の駐車場に乗りつけた丁度その時、見慣れた姿が見えた。


「暁」


 四季はすぐさまその名を呼ぶ。

 四季の声が届いたのか、視界の先にいる人物がゆっくりとした動作で後ろを振り返る。

 漆黒のスーツに身を包んでいることで、その出で立ちはいつもより数段大人っぽく見える。


「四季! どうしたんだいこんなところまで」


 四季の姿を認めた途端、パッと暁の表情が華やぐ。

 母親に似てくっきりとした目鼻立ちが特徴の、色男だ。

 前髪をかっちりと上げているせいで、そのご尊顔がこれみよがしに露になっていて、男でも思わず見惚れてしまうほどだ。

 駆け寄ってくる暁の法を真っ直ぐに見て、四季は単刀直入に言葉を発した。


「紅葉が怪我をした」


 その四季の言葉を聞いて、先程まで浮かべていた暁のにこやかな表情が消え失せる。


「へぇ? どんな?」


 空気が数段冷えこんだ気がして、四季は拳を固く握った。頭からさーっと血が引いていくような感覚が四季を襲う。


「昨日、残霊に襲われた時に、左腕を。怪我の度合いを直接見てないからなんとも言えないが、包帯をしていた。……すまない、俺が付いていながら」


 四季はそう言って、暁に向かって頭を下げる。

 その姿は、まるで叱られることを自ら望んでいるような様子だった。


「本当だね。四季、君がついていながら」


 暁の口調は軽やかだが、四季を見下ろすその瞳は、猛獣でも怯んでしまうくらいに冷ややかだった。

 四季は頭を下げたまま、もう一度「すまない」と告げた。


 数秒沈黙が続いた後、「頭を上げなよ」という暁の声が場に響く。

 四季はゆっくりと頭を上げると、暁の表情は元のにこやかなものへと戻っていた。


「でもね、それでも戦場に立つことを選んだのは紅葉だから。四季はいつものように、勝手に自己嫌悪に浸っていればいいさ」


 あっけらかんとした声を挙げると、暁は呪符を取り出した。

 そして、その呪符を人差し指と中指で挟み、そのまま片手で印を結ぶ。

 すると、呪符はポウ、という光を帯びてその形を変えてゆく。次第に10円玉くらいの大きさへと変形した飴玉が、その手の上に収まった。


「はい。これを紅葉に渡してあげて」


 暁は、手のひらにコロンと転がっているそれを四季に差し出した。四季は無言で受け取ると、暁に一礼する。


「ありがとうございます」


「ねぇ、それ止めない? 四季にそうやって堅苦しく接されるとむず痒くなる。これから更に堅苦しい場に片足突っ込んでくるのに、俺、本当に息が詰まって死にそうになるんだけど」


 締めているネクタイを緩めるフリをして、暁が明るく言う。


「……本当、いつ見ても似合わねぇな、スーツ」


 四季は片頬を上げて、ニヤリと笑って見せる。その表情からは、先程の畏まった雰囲気は感じられない。

 そんな四季を見て、暁は愉快だとでもいうように、また一段と声を明るくして笑った。


「いや~、本当にお前は律儀だねぇ。わざわざ学校休んでまで来なくても」


「放っといたら、それはそれで怒んだろ」


「そりゃ、大事な妹が放置されてちゃね」


「ほらみろ」


 四季が家業を始めたのが小学3年生くらいの時。

 暁はそのころ高校1年生くらいの時だ。その頃から一人で家業をこなす、凄腕の術師だった。

 2年前くらいまでは、暁も一緒に怨霊退治をしていたのだ。それこそ、最後の方は紅葉と四季の実戦指導のようなものをしていたのだが。


 暁は大学院の研究と、家業の集会などで忙しいらしく、大学3年生の頃から実家を出て一人暮らしをしている。そのため、そうそう会える機会は多くはない。

 そんな暁に必ず会えるタイミングは、必然的に集会に参加していることが確実な、今の時間帯になる。


「じゃ、俺は帰るから……」


「ねぇ、せっかくだから、参加してく?」


 暁が思わぬ提案を四季へと投げた。

 ニコニコしている暁とは対照的に、目を見開き、半分口を開けている四季。四季のその表情がなかなか愉快だったのか、暁は嬉しそうに笑った。


「おお、お前、そう言う表情も出来たんだな」


「いや、いきなり突拍子もないこと言われたら誰でもこうなるわ。いや、普通に考えて無理だろ」


「なんで? お前だって次期当主候補じゃないか。あ、格好の事気にしてる?学生の礼服は制服っていうだろ?」


 暁は的外れなことを言って、「いいじゃない。たまには」などと楽天的に言っている。


「それに、今日は四季に援護射撃してもらった方が助かるっていう感じ? これも必然だなと」


 意味深な暁の言葉に、四季は訝し気に眉を潜めた。


「援護射撃?」


「そ。ほら、定期的に長老たちが口にする『女性差別問題』」


 その暁の言葉に、四季は全てを理解した。

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