第55話 シンキング・チョップドヘッド・ドクター
「なんですかね、あなた達は……」
目が覚めた時、ドクター・アンデルセンの眼前にいたのは昔の仲間たちだった。
「大丈夫かドクター!」「よく生きていてくれた!」「その姿で喋れるのかよ、すげぇ!」と喜ぶ声も記憶の中の彼らと同じだ。
(何が起こりましたかね? ここはどこでしょう?)
見あげるしかない景色。それは彼が頭だけの存在であることを意味する。仲間たちの頭越しに見えるのはクリーム色の
(さっぱりわかりませぇんが、一応、深淵ではあるらしいですねぇ……)
斎藤アサヒが虚神となった宇賀原ミウを撃破し、自分たちは先に進んだはずだ。その直後のホワイトアウト。そして今は目の前には死んだはずのチームの面々がいる。幻覚か、敵が化けているのか、あるいは別の何かか……。
(しかし、この場面は……)
ドクターは記憶と照合する。
場所は深淵。状況から推測すると、自分が風雪の魔人・イタカァにさらわれ、首だけになって生還したあとの状況と酷似している。
酷似している? 否。これはそのものだ。
チームがアサヒの
「
かちんと奥歯を鳴らすと脳内に『ワッツ?』と聞きなれた無機質な声が響く。幻想器は健在。であるならば――と彼は決断する。
「距離を取りますよ。フライング・ミーです」
『?』
「警戒です。あなたも意味がわからないかもしれませんが、従いなさい」
『 イエス、マスター』
「ドクター、です。ウンディゴ。私のことはドクターと」
『イエス、ドクター。フライウィズミー』
ドクターの周囲に強風が吹く。それに乗りふわりと浮くドクター。周囲を囲むように小規模な嵐が巻き起こる。彼の一番近くにいた
なんだ、あの風は? 浮いている!? と、騒然とするかつてのチームメイトに、ドクターは冷たく言い放った。
「私、今ちょおっと混乱していましてね。離れていてくれますか? 怪我をしたくなければねぇ……」
風を纏い中空に浮かび周囲を威圧する彼に、チームの面々が緊張を強めた。
そんな中、前に出たのは銃を構えた宇賀原ミウだった。
「……ドクターその力、もしかして幻想器?」
剣呑な表情である。それだけでなくチームメイトであるはずの彼に銃口を向ける。
「――ええ、そうでぇす。
(宇賀原ミウ。二人目の幻想器ユーザーでぇすね。彼女の
返答しながら周囲を見回す。
アサヒがいない。奥にエボンの渋面は見えた。この時期いつもセットで過ごしていたシスターナイアが居ないのが不気味だ。ナイアルラトホテップの手のものである彼女が居たならば有無を言わさず
「持ってるわけないよ!! ……ドクター、あなたも、なの?」
「あなたも、とは?」
「とぼけないで。あなたもアサヒと同じなの?」
「はて、アサヒ坊が何かしでかしましたかね?」
銃声が響いた。弾丸はドクターの浮かぶ生首をかすめ深淵の空の先に消えた。
「反逆者アサヒは、シスターナイアを殺した。そのうえで今、私たちチームと敵対している。あなたも知ってる事じゃない。幻想器は使用者の頭をおかしくする。あなたが幻想器に憑りつかれたのなら敵よ! あなたもあのアサヒと同じになってしまったの?」
ドクターは内心驚いた。驚きながらも嬉しくなる。ある仮説を立ったからだ。
この状況は過去を再演している。
だが、そこにアサヒは居ない。アサヒがシスターナイアを殺したというならば、この世界のアサヒは自分と共にいたあのアサヒである可能性が高い。
であるならば。
「アサヒは今、深淵にいるのですか?」
「私たちは彼を追っている。彼は深淵で虚神たちを殺しながら暴走している。危険よ。何が起こるかわからないのだから」
「ああ、あなた達、ずいぶん数が多いと思いましたが、そういう事ですか」
ドクターの記憶の通りではこの時点で死んでいたはずの人間もいる。深淵行の間、チームメンバーは減り続けていたのに。見まわしたところ出発時のメンバーが全員いるのだ。
「ミウ。あなた幻想器は持っていないのですね? 虚神ヴルトゥームとの交戦経験は? 異獣ミ=ゴの襲撃は?」
「なんのこと? 私たちは虚神と交戦はしない。その前に暴走したアサヒが倒してしまうから。幻想器なんて危険なもの、私は持っていない」
「ふふふ、そおですかぁ、――ふふふ、ははは! ひひひひ、かかかかかか!!!」
(アサヒ、優しいことでぇすね。アナタ、現実かもわからないこの世界の彼女らを守っているのデェスか?? 健気なことでえすねぇ!!!)
「とにかく! アサヒは危険なの! 幻想器の力に飲まれている。だからドクター、あなたに正気が残っているのなら今すぐ幻想器を捨てて! じゃないと……」
「私も殺す? でぇすか? 殺せるなら殺して見なさいヨォぁぉ! 弱いから死ぬのですからねぇ!! 私は弱くはありませんよ? 何せ死なないのデェスからね!!」
ドクターの咆哮と共に、急激に気温が下がる。
雪を伴う嵐が局地的に吹き荒れ、ミウたちの視界を奪う。
「ですがまぁ、昔の仲間のよしみでこの場は見逃してあげまぁすよ! あなた達も巻き込まれたくなければさっさと深淵から出ることでぇすね! 火山を目指しなさぁい! そこに出口がありまぁすね! くはっ、くははははははっはは!!!」
風が止んだ時、ドクターの姿はそこになく、怒りに燃えた宇賀原ミウが地団駄を踏んでいた。
◆◆◆
「面白くなってきましたねぇ。相変わらずサッパリ何もわかりませぇえんが、とにかくアサヒと合流するのが先決ですねぇ――おや、アレに見えるはなんですかねぇ? 変な巨人が居ますねぇ」
時速100キロを超える速度で飛ぶドクターが見つけたのは、深淵の海原をあるく巨大な石の巨人である。その姿は、彼が見たどんな虚神にも該当しない。
「おやぁ、あれは虚神と戦っているのでぇすかね?」
石の巨人は海原から、這い出す異形の半魚人たちを叩き潰していたのだ。
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