第50話 くとぅぐある・へる・ふぁーまるはうと

 最悪な気分だ。


 重ねていうが想定はしていた。ミウ姉の亡骸か再生した泥人形かは知らないが、それを使って攻撃を仕掛けてくるだろうと。


 虚神ラヴクラフトはとにかく精神攻撃が好きだ。

 心を読む力でも持っているのだろう、的確にトラウマを抉ってくる。それでぶち折れたタイミングで刈り取りにきやがるんだ。


「エンカウンター。――だけど手だすなよ。アレはクトゥグアそのものよりヤバい」


 中空に浮くミウ姉はうつろな視線を俺たちに向ける。

 意思を感じさせない表情。ただぼんやりと見つめている。


「アサヒ……?」


 だが、俺を見るなり、みるみるミウ姉の目に生気が戻った。


「あれ、アサヒだ。アサヒじゃん、アサヒだよね? なんだか大きくなってるけど、アサヒだ……」


 生きてた――と、

 目いっぱいに涙をためていた。


「アサヒ、生きてた。よかったぁ……ほんとによかった……」


「ああ、俺は生きてたよ」


「うん、うん。ほんとによかったよぉ……、あのね、私頑張ったんだよ。アサヒをね、アサヒだけは死なせたくなくてね」


 涙ながらにミウ姉はしゃべり続ける。


 記憶はあるようだ。だが、死んだ時で止まっている。混乱が見られる。情緒も安定していない。理論的な思考が可能かどうかは疑問だ。 


「ああ。ミウ姉のおかげだよ。また会えてうれしい」


 だから、俺は警戒を解かない。解けない。

 嫌な予感が背筋を駆け巡っているからだ。


『アサヒ、ミウの幻想器の出力が上がっています』

「わかってる。みんな距離を取れ。俺がやる」


 ドクターを抱えたシノンちゃんが、数歩下がるのを確認して俺は逆に前に出る。


「ミウ姉は大丈夫だったか? かなり無茶したんだろ。その姿は何だよ。両手両足燃えてんじゃん」


「うん、うん。私さ、どうしても君を助けたくてね。この力に全部託したんだよ。私の身体も心も全部燃やしつくても、アサヒを助けたかったの」


 ぼろぼろと涙を流しながらもミウ姉の独白は続く。

 手を差し向け、狂おしいように泣く。


「私頑張ったんだよ。みんなどんどんやられた。チームは壊滅だよ。もうだめだって思った。だけど、アサヒ、キミだけは助けたかったから」


 四肢の周りに巻き付き逆巻く炎が輝きを増した。収束と吹き上げを繰り返す炎がミウ姉の顔を照らしだす。


「覚えてないだろうけど、キミは瀕死だった。あたり一面死体と泥と、焦土で。影人形だけが動いて仲間を殺していく。私とドクターは戦ったけど、彼は墜落していった。頑張ってくれたけど、死んじゃったのかもね」


「私は生きてますよぉ」

 と後ろの方でドクターが声を上げたが、ミウ姉には届かないようだ。


「私たちは負けたんだね。だけどいいや。キミが生きてくれていたのなら」


「ああ。そうだ。俺は生きてる。だからミウ姉。その手を降ろしてくれないか。熱くてかなわないよ」


 ミウ姉の炎の両手は俺の方へ向いている。

 炎が集まりどんどん火力を増す。


「ううん。ダメ。だって、せっかくアサヒに会えたんだ。もう離れたくない。放したくない。私のものにする。だって――」


 彼女の背に炎の輪が展開された。勢いが止まないその姿はさながら太陽だ。


「『私はクトゥグアになっちゃったから」』


 ミウ姉の声には、いつしか聞いた彼女の幻想器紅炎神殿クトゥグア・レアの声が重なった。


『「威・神・顕現――、くとぅぐある・へる・ふぁーまるはうと』」


 ミウ姉が燃えた。撃ちだされるかと思った炎は彼女に返っていく。


 彼女のトレードマークだった迷彩ジャケットが衣服と共に炎上する。火力が高すぎるのだろう、一瞬で燃え尽きる。その下で形の良い乳房や白い肌が露わになるけど、それも炎にさらされ黒く焦げ、めくれていった。


 身体だけじゃない。綺麗だった顔も、流れるようだった髪も、何もかも炎に蹂躙されていく。ジュウジュウと脂肪の滲む嫌な音と、吐き気を催す悪臭が俺の鼻を撃つ。


 顔はもう、とても見れたものじゃなかった。

 皮膚を一枚剥いだだけで、どんなに好ましい相手のそれでも拒否感が抑えられない。赤い肉の筋と、脂肪と骨。ぼこぼこと泡立ち沸騰した眼球が飛び出した。


 ミウ姉の全身がぎこちない動きで折れ曲がっていく。


 人が焼かれるとき、筋肉が収縮してああなるんだ。バキバキパキパキと心を折る音が聞こえる。「アアアア――――」と、叫ぶ骸。肺にたまった空気が温まり、死体の声帯を振るわせる。正しく断末魔の声。これは地獄の再現。死者の最後の舞だ。


 壮絶な光景に吐き気が止まらない。なんてものを見せやがる。

 ミウ姉の火葬シーンなんて見たくなかった。本当に見たくなかった。マジにやめてほしい。


 ――だけどそれも、すぐ終わる。


 びっくりするほど小さくなった彼女の骸の中から新たな炎が吹き上がる。

 青い炎だ。


 炎は身体の中から次々と吹き上がり、そのせいで炭化した彼女の身体はひび割れ砕けはじけ飛んだ。中から現れたのは、新たなミウ姉だった。


『あは……、生まれ変わったぁ』


 恍惚とした表情でしゃべるそれは、まさしく異形だった。

 顔にミウ姉の面影は残しちゃいるが、人間の姿なんてしていない。

 

 ところどころに炎にまかれた骸がくっついている青き炎の巨人。

 地獄の顕現。獄炎の支配者。


『アサヒィ――、一緒に、燃え、てェェエエエ――――!』


 それが襲いかかる。


「クソがッ! 死んでもごめんだッ!!」


 悪趣味で下劣で最悪なショーだったが、いいことが一つだけあった。

 俺の中のミウ姉への未練が消えさった。


 もう少し、厳かな葬式なら最高だったがな。

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