第51話 VS悪性虚神・宇賀原ミウ(1)

「アース、ストックを出す!」

『了解です。アサヒ』


 懐から取り出すのは小さなカプセルだ。中には何の変哲もない土が入っている。片手でカプセルを開け振りまくと、アースの刃先が光る。


 すると撒かれた土が爆発的に体積を増した。


「アアアアア、燃えてヨォオオオ!!?」


 異形と化したミウ姉が狂乱の声を上げながら襲来するが、それを迎撃したのは土塊の壁だ。


「アアア! キミに触れなぃぃイイ!」


 これはエイボンの策。

 過去この空間で戦った時、俺はアースの力を使えなかった。一面の黒い泥で覆われた世界では、操る土塊が見当たらなかったからだ。


 今回はその解決策として、存在圧縮をかけた土を持参した。


「熱いんだよ! 近寄ってんじゃねぇ!」


 カプセルをもう一個。

 開けて振りまく。出現した大量の岩塊にフィールド操作をかける。


「弾岩槍!」


 槍となった巨岩がミウ姉に突き刺さる。

 炎の化身のくせにちゃんと実体はありやがるらしく、脇腹を貫かれ苦しそうに呻めいた。


「アアアア、痛い、痛いよぉアサヒ、ドウシて? 私二攻撃しナイでよォ」

「うるせぇ。あんたは死んだんだ。死んだんなら、キチンと死んどくのが筋だ」


 続けて、弾岩槍の五連。当たるは当たるが、決め手に欠ける。


 虚無孔落タイタンフォールが使えれば楽だが、あれは時間がかかりすぎる。ミウ姉にそんな隙は無い。


「痛イ、痛イよォ! 止メてよぉ!」


 痛がるのは口だけかよ!? ミウ姉の振った手の先から、大蛇のようなうねる炎が迫る。弾岩槍五連で土塊のストックは取られてる。土塊の防御は間に合わない。


 回避か、相殺か? 今すぐ選ぶ必要があった。


「なら、ぶちぬく!」


 息を吸う。吐く。

 踏みしめた足から、アースを握る手の指先まで、掘りぬくという意思の力を充満させる。消えろ、俺の目の前から、俺を害するすべてはなくなってしまえ。


「オラぁぁあッ!!」


 存在消滅の一撃を乗せた一振りがミウ姉の放った炎をかき消した。

 さぁ、次はどうする。まだまだやれるぞ俺は! 

 そう思った時だ。



 ――アサヒ。大好きだよ。


 背筋が冷えた。


 ジュウ……と肉の焦げた匂いがする。背中に手を置かれている。置かれた場所が熱で焼ける。痛みは感じない。今はまだ。


「私はアサヒが大好きだよ」


 人間と同じ大きさに変わった、ミウ姉が背後にいた。

 炎の手が回される。ジジジと熱を持った手が俺の胴体に添えられた。


「だから、一緒に、燃えよう?」


 いつの間に? 気配は感じなかった。空に居たはず。そもそも巨人だったはずだ。分体? 同時に存在できるのか? それよりも、この至近距離で燃やされたら不味い!

 

『アサヒ』

「緊急防御ォ!」


 俺が叫んだのと、身体が火柱に飲まれたのは同時だ。

 足元から噴き出た炎が隙間なく俺を囲んで燃やす。


 防御はギリギリ間に合った。土の膜が俺の皮膚を覆っていた。薄いものだがアースが操る土くれだから、熱伝導性が極限まで下がっている即席の耐火服となる。


 とはいえ万能じゃない。


 ミウ姉の放った炎はいつまでも消えない。土の耐火服ごと俺を焼き続ける。熱は感じないが息ができない。人間である俺は酸素を吸わなきゃいきれない。炎にまかれているから息を止めているが、じきに肺の中の酸素が尽きる。酸素が尽きれば、死ぬだけだ。


 消えろ消えろ消えろ!


 俺は闇雲に身体を動かす。だが、消えない。視界は赤く染まったままだ。

 焦る。こうしている間にもミウ姉は次の攻撃を繰り出してくるだろう。


 マズい。られる――。そう覚悟した時だ。




「――――食べて、薄墨丸」


 凛とした声が聞こえたとたん、視界が晴れた。


 気づけば俺を覆っていた炎は残らず消え去っている。

 俺は急いで呼吸する。酸欠のせいで出ていた頭痛と視界狭窄が晴れていく。


 その晴れた視界がとらえたのは、憤怒の表情を浮かべたミウ姉と、その前に立ちふさがる黒セーラーの背中、マツリカちゃんだ。


「昔の仲間らしいですけど、大きな顔しないでくれますか? 未練たらしいですよ」


 きれいな所作で黒刀が振られる。

 スカートがふわりとひるがえる。


「薄墨丸、展開してセットアップ


 命令と共に彼女の周囲に、黒い玉がいくつも浮かぶ。

 あの黒球はすべてを飲み込み消失させる力がある。それで火を消したのだろう。


「ああァアんタ、なナなナナあああニニににににににぃぃいいぃ!」


 人間の形をなくしつつあるミウ姉が、いくつもの炎の蛇を放った。浮かぶ黒球が動く。縦横無尽に飛び、蛇を貫く。


 まさに食い荒らすという表現がしっくりくる。

 黒球が通り過ぎていった場所には、何も残らずすべてを消失させてしまった。


「よかった。私の革命器、あなたの炎と相性がいいみたいです」


 涼やかな笑みを浮かべる彼女の隣に並んだ。

 視線はミウ姉を見据えたままだ。眼を離すわけにはいかないからな。


「下がってろって言わなかった?」

「お師匠さんがピンチのようだったので」

「……まぁ、そうだな。助かったよ」


「はい。お礼はデート一回追加でいいですよ」

「そんなのでいいの?」

「それで充分です。とりあえず今は」


「アサヒ、ねぇえアサヒィィぃ位イイ、その女ナぁにぃぃい、私がアサヒの事一番アいしてるのニィィイイ、お前は誰、だれれれれれれれれ」


 言葉が乱れていた。思考も怪しいだろう。

 残っていたミウ姉の人格らしきものは、その姿とともに崩れている。

 

「一応確認。あれ切ってもいいんですよね?」

「救おうとかは考えなくてもいい。ミウ姉はもう死んでるから」

「わかりました」

 

 短く答えたマツリカちゃんが前に出る。黒球を随伴させる彼女の顔には、場をひりつかせるほどの圧が乗っていた。


「改めて名乗りますね。私は庭マツリカ。革命器は薄墨丸。お師匠さんの弟子です。貴女に言いたいことが一つ」


 息を吸う。吐く。そして言った。


「――昔の女がしゃしゃってんじゃないですよ。お師匠さんには私がいるし、あなたの場所はもうない。そもそも死んだ人間が出てくるなって話です」


 ――私がその未練、切り捨ててあげますよ。


 そういいながら黒刀を構えるマツリカちゃんは、今までで一番堂々としている。

 

 相性はいい。気合も十分。気おくれは一切ない。

 これなら心配はいらないだろう。なんだったら一人で勝つかもしれん。


 だけど、まったく――情けないことだぜ。弟子に助けてもらうなんてな。


 ミウ姉もそうだったけど、俺の周りの女の子はみんな逞しすぎるな。

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