第49話 炎のヒト

「まぁ、そうですよね……」


 と言いながらも、やはり様子がおかしい。

 マツリカちゃんの言動が時々バグるのは前からだが、今日は特に変だった。


「あー」とか「うーん」とか言いながら、上を向いたり下を向いたり忙しい。

 敵の陣地のど真ん中だってのに、気がそぞろなのは危ないぞ。


「なぁ、本当に大丈夫か?」

「え、あ、はい。大丈夫ですとも」


 本当かよ……? 緊張してるだろどう見ても。

 そう思った俺は試しに彼女の手をにぎにぎしてみる。


 にぎにぎ。お、やっぱり凝ってるじゃないか。

 ん。柔らかくてちっこい手だなこれ。


「あの、お師匠さん……? 何をしてるんですか?」

「マッサージ」


 そう言って、彼女の手を刺激する。片手でも俺の握力はそれなりにあるからな。

 にぎにぎ。ぐりぐり。


「ひ」

「ん。ここだな凝ってるとこ」

「い、にゃぁあああ~~」


 ツボを見つけて押しまくった。

 ひとしきり身もだえしたあと、涙目でマツリカちゃんが睨んだ。


「ちょっと、あの、なんで急に……?」


 ん、怒ってるのか。 

 痛かったか。すまんな。


「緊張してるんだろ? 戦いの前に過度の緊張は良くないからな。とっておきのリラックス法をしてやろうと思って」


 と言いつつ、本格的に指圧を始めた。

 現役アーカム時代にチームでやりあったことを思いだす。これを俺に教えてくれたのはやはりミウ姉だ。役に立つことはいつも彼女からだった。


 ほれ、ぐりぐり。


「うにゃぁ~~」


 マツリカちゃんは変な声を上げて額を抑えた。


「こんな場所で、何をいちゃついているのですの……」

「敵地だからなおさらだろ? リラックスしなきゃ」


 彼女のツボを刺激し続ける俺と、身もだえが止まないマツリカちゃんに、シノンちゃんはなぜか、信じられないものを見る目を向けた。


「なんだよ……」

「いえ、二人の関係に何か変化があったのかと思ったのですわ。まぁ、良いコトがあったのなら良いのですけど……」


 引っかかったような物言いだ。

「応援するとは言いましたけど、でも目の前でいちゃつかれるはちょっと」

 とも言っていた。


「いやいや、お嬢。あれは違うのですねぇ」

「何が違うんですの」

「アサヒは分かっているわけではありません。マツリカ嬢も、伝えたわけでは無いのでしょう?」


「う、にゃああ、い、言って、ないぃぃいい~~」

「でしょう」

 

 何の話だ? と思いつつぐりぐりする。


「まぁ、確かにミウはあなたに良くそういうことをしていましたねぇ」

「お、そうなんだよ。俺もそれを思い出してさ。懐かしいよな。みんなにしてたんだよ。ミウねえとかシーンとかみんなに」


「あなたは見境なくやってましたねぇそれ。私は手がありませんから受け付けてませんでしたがねぇ」


「アサヒさんって、誰でもああいうことするんですの?」

「うにゃああ~~」

「そうなんでぇすね。アサヒはそう言うところ、あるのでぇすよ」


「あふ、あふぅ~~」

「ちょっと、マツリカさん静かに」

「喋ってないで止めてよぉ~~」


「――アサヒさんも、もうやめてあげてくださいまし」


 手を放すと、マツリカちゃんはそのまま崩れ落ちた。


「んだよ。なぜ怒る? なんか悪い事したか」

「普通は易々と異性の手には触れないのですわ。まぁ今は分断防止という理由はありますけど、それでもこねくり回すのはどうかと」


「ん、そうか? ミウ姉は暇さえあればこうしてたが」


 シノンちゃんは「ん?」みたいな顔をして胸元に抱えたドクターを見る。


「そのミウさんという人、もしかしてですの?」

「ええ。アサヒは気づいてないかもしれませんがねぇ。ミウには多分、そういう感情がありましたねぇえ」


 ドクターの言葉にシノンちゃんは「えー」と呟いた。


「その人。その、亡くなったんですわよね」

「ええ。宇賀原ミウは死にました。この虚神と戦って。残念ですがね」


「……俺はまだ納得しきってないけどな」


 宇賀原ミウの想い出は俺の中で瑞々しく再生される。

 15歳から18歳ごろっていう多感な年ごろの経験だったこともある。


 死んだというのは分かる。だが、どこかで信じられない。

 理由の一つには、ミウ姉の最後の思い出だけが虫食い状態だからだ。

 俺はミウ姉とお別れができていない。


「お、お師匠さんはその人のことどう思ってたんですか?」


 ようやく復活したマツリカちゃんが食い気味に聞いた。

 俺がミウ姉のことをどう思っていたか、か。


「姉、恩人、師匠、チームメイト、家族もかな。まぁ憧れではあったよ」

「ふ、ふーん……、好きだったとかは?」

「さぁなぁ。当時ガキだったからわからん」


 これはマジでわからないんだ。

 ミウ姉の事を考えると、今でも胸の奥が痛い。

 これが恋であり、失恋だというのならそうなのかもしれない。

 

 ――同時に、そうではないかもしれない。

 

「消化できてないんだと思う。だから、ツァトグアの炎を見て嫌な気分になったわ」


 問答無用で大技をぶっぱなしたのは、それが理由でもある。


「そもそも、ミウさんって人どういう人だったんですか? 前にも言ってた気がしますけど、私その時いなかったので」


 ナイアルラトホテップの内部は暗くどこまでも果てしない。エイボンの魔術でナビはされているから、迷うことはないのだろうが、時間感覚が麻痺し始める。


「ええとな、ミウ姉は元自衛隊員でな――」


 請われるまま、俺とドクターは彼女の昔話をする。

 どんな人間だったか。

 何が好きで、何が嫌いだったか。

 彼女の強さ、弱さ。


 人に対するかかわり方。

 俺に対するかかわり方。


 追悼の気分で話す。

 多分俺には、いろんな感情を保留する癖がある。

 そうしないと、過酷な戦場では死ぬからだ。感傷に浸ってる暇はない。


 だが、仲間がいてくれるのならばそれができるらしい。


「奇しくも宇賀原ミウも最後はこの暗闇の泥に沈みましたからねぇ。このあたりの、どこかにいるのかもしれません」


「不吉なこと言わないでくれ。ドクター。化けて出てきたらどうするんだ?」

「そうですよ。それにでてきたとしたら、敵が化けている姿でしょうし」


 その通り。

 何にでも化けられる変幻自在が相手だ。

 その可能性は、最初から想定している。


「あ、その方って、あんな感じのヒトですの……?」


 遠くに明るい炎が見えた。四肢に纏わせた炎のブーツとガントレット。

 自衛隊時代から着古しているという迷彩柄のジャケット。

 うつろな目で中空に浮かんでいる。


「ほら、噂をするから化けて出てきたじゃねーか」


 シノンちゃんの指さす先には、あの日の姿のままのミウ姉がいた。

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