第48話 爆縮フルスイング

 物質の存在そのものに介入する。

 それがツァトゥグアの力であり、アースの力だ。


 圧縮された小石の質量は、特殊な力場によってこの世界のことわりから隔離されている。その隔離された力場の内部で、小石が圧縮されている。


 で、石なんか小さくしてどうするかって話。


 例えば地球。

 地球であれば、ビー玉ほどの大きさで行けるらしい。そこまで圧縮すれば、体積当たりの質量は存在限界を超える。物理法則が破綻し、質量あたりの体積が限りなく0となる。すると存在が反転するんだ。


 光も逃さない特異点、いわゆるブラックホールになる。


 同じことを小石でする。もちろん元の質量が違う。だから圧縮率を上げる。この世の理では決してなしえない、神の力による理外の存在圧縮だ。


 撃ちだした小石が、敵に向かう。


 炎の巨人たちに接着したと同時に、小石ははじけ爆発に変わった。だけどそれも一瞬だ。爆発は映像の巻き戻しのように高速で収束する。


 虹色に輝く光球。

 臨界間際の特殊力場。それが崩れ始める。


 それが周囲に急激な影響をあたえる。


 最初に反応したのは流動性の高い空気だった。風が逆巻く。急に低下した気圧で酷い耳鳴りが始まり、出現した特異点に向っての風が吹いた。

 

 巨人たちは、その風にあおられる。


 崩壊が進む力場。それに従い現れるのは豆粒程度の黒。ちいさいが圧倒的な質量を誇るそれ。禁断の特異点。


 深淵の地表に徐々に現れすべてを飲み込む廃棄孔。力場の消失は徐々に進む。一瞬でやると、俺たちまでも飲み込んじまうからな。窮極のゴミ箱の蓋を開けるときは徐々にだ。


 地獄の蓋が開く――。


「グら、グららららららララァァァァアアアア!!」


 周囲にいた炎の巨人たちが、両手を上げた奇怪なダンスを踊りながら、飲み込まれていく。光さえも通さない絶対重力径の狭間が黒く光る。


 シュバルツシルト径と呼ばれるその範囲を超えたらもう終わりなんだ。

 内部ではすべての物質が分解される。


 完全に蓋が開ききった瞬間、力場ごと、特異点は消え去った。

 数秒程度の出現。それで十分だ。長くする必要もない。半径二百メートルほどの範囲はあらかた飲み込まれて、そして消えたのだ。


 もう一度風が吹く。真空となった範囲に周囲の大気が吹き込む。

 それなりに距離を取った俺でも、思い切り踏みとどまらないと飛ばされてしまうほどだったが、それもすぐに止む。


 そんなようにして、クトゥグア戦はあっけなく終わった。


『この技の名はどうしますか?』

「ツァトグゥア流奥義、虚無孔落タイタンフォールとなずける」

『また無駄にカッコつけたものを……』

「いいだろ? 気分が上がるのが大切だ」


    ◆◆◆



「何にもなくなっちゃいましたね」


 元々見晴らしがよかった焦土は、さらに見晴らしがよくなっていた。

 大地も根こそぎ抉られているし、燃え残りの樹木から漂っていた煙や煤の匂いも一層されていた。


「どうよ。新技? かっこよかっただろ?」

「意味がわかんなかったです」


 どや顔で問うと、傍らのマツリカちゃんには、わりと真顔で返された。


「――でも、すごいと思いました。さすがお師匠さん」

「だろ」


 時間差で放たれた笑顔が割と刺さった。


『ご苦労だったアサヒ。作戦は次の段階に移る。条件はクリアされた。お前たちには、あれの中に入ってもらう』


 次のエイボンの指示だ。

 漆黒の球体は、ブラックホールの出現にも影響をうけなかった。クトゥグアたちがやられている間も、ただそこにあり続けたのだ。


「え、入るって……あれはナイアルラトホテップとかいう虚神なのではないんですの?」

「そうであると言えるし、そうでないとも言えるのでぇすね」


 シノンちゃんの疑問に、ドクターが続けた。


「昔、私たちはあれに入ったのでぇすよ。あれ自体はなんの攻撃も通らないただの幻影のようなものでしてねぇ。どうもあの中心に本体がいるようなのでぇすよね」


「入ったら驚くぜ。別空間になってるんだよ。光もない真っ暗闇でさ。そこでいきなり奇襲されるんだ」


「それ……危なくないんですか?」

「危ないな。だけどほかに方法がない」


 断言できたのは以前の調査データがあるからだ。


 俺たちのチームは突入する前に、外からありとあらゆる攻撃を試みた。だがなんの成果も得られなかった。だが内部からは、虚神の反応を感じる。


 だから、本体と会うためには、進まなければならないのだ。


『大丈夫だ。此度はサイクラノーシュの叡智が君たちを守る』


 ◆◆◆


『光よあれ』とエイボンが宣言する。

 どこまでも続くように思われた永遠の闇黒は、俺たちの周囲だけ、ぽっかりと白色の光で照らされた。


 足元は、つるりとしたすべすべの石で出来ていた。少し湿っていて粘度のある液体が表面に浮いている。まるで何かの動物の体内のような心持ち。


 黒の球体の中に入った俺たちがおかれたのはそのような状況だった。


『自分の身体の中に領域を持つものがいる。確かな存在のさかいを持たず世界に遍在し、曖昧に漂う虚神群。そのような者どもは、領域の中に核を持つのだ』


 カツカツと足音が響く。光で照らされた場所は一部だから、全員で手をつないで歩く。分断されないためだ。前回の時も円陣を汲んで進んだのだが、シスターナイアが円陣の中で安座間シーンを撃った。それで乱れてしまったんだ。


「大丈夫か、マツリカちゃん」

「……は、はい。大丈夫、です」


 俺は左手にマツリカちゃんと手つなぎ歩いている。マツリカちゃんの逆サイドには、ドクターを抱えたシノンちゃんが歩く。


 手を取ってからというもの、マツリカちゃんが黙りこくった。

 どうもソワソワしているみたいにも見える。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。エイボンが回りを警戒している。敵襲があっても初撃は防がれる」


「あ、はい……。そうですね」


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