第47話 残り火

 ゆらゆらと炎の巨人が歩いていた。

 遠目で確認できる奴らは、おそらく8m程度の大きさで、全部で3体。

 人型だけど、顔はない。ただ轟々と燃える炎で出来ている。


 巨人が徘徊する一帯は、焼け野原だ。元は森林地帯だったのだろうが、あれが出現したせいで燃えたんだろう。半ば炭となって残った樹木のカスがぶすぶすと白煙を上げていた。

 

 そしてその中心に、一切の光を拒絶する純黒の球体が浮かんでいる。


 異質な光景だ。

 空間にぽっかりと開いた穴のようにも見える。

 

『諸君。あれがナイアルラトテップだ』


 俺たちの耳にエイボンの声が届く。

 アイツは、俺たちが確実に連携できるように、念話の魔術をかけた。


 便利なもんだ。あいつ本人は遠見で戦場を俯瞰ふかんしているらしい。退却時だけでなく、戦闘中のサポートも完備ってわけだ。


『だが残念だ。すぐには攻撃に移れない。守るものがいる。そちらからも確認できるかアサヒ』


「ああわかる。クトゥグアの炎に見えるな」


 生ける炎の異名をとる虚神クトゥグア――の分体かなんかだろう。ミウ姉が幻想器を使った時に現れた炎によく似てる。


 クトゥグア自体は、抗うものたちの家アーカム・アサイラム時代に何度か深淵アビスで見かけた。テリトリーに入りさえしなければ比較的温厚な虚神だったはずだ。


「エイボン。なぜクトゥグアがあそこにいる? なぜナイアを守る」


『おそらく取り込まれたのだろう。ナイアの出す黒い泥は、虚神や異獣ですら飲み込む。ツァトゥグア様たち土の虚神が、深淵アビスからの撤退を決めたのもそれが理由だ。今、あの泥は深淵世界のいたるところで勢力を拡大している』


「飲み込まれたでぇすか。では確実に敵対してきますねぇ。火の虚神ともあろうものが、操られるとは情けなくないのですかねぇ」


「まったくだ。何やってんだよって感じだ」


 やれやれと嘆息するドクターに、笑いながら同意した。


「あの……」


 と、不安そうな表情を浮かべたシノンちゃんが、恐る恐ると手を挙げた。


「私は虚神と戦った経験がないのですけど、そもそもあれは、人間が勝てるものなのですの?」

「私もそこ、知りたいです」


 新米ガールズは緊張こそしているが、戦場に怯えてはいない。


 積極的に質問ができるならば上等だ。

 頭が回っている内は死神は寄ってこない。


「勝てることは勝てる。アイツら気まぐれなんだ。基本舐めプしやがるから幻想器や革命器なら渡り合えると思う。ただ、本気になられると底が知れないから――」


 俺はサイクラノーシュで見せられたツァトゥグアを思い出す。

 圧倒的な力。能力。存在感だった。


 ほかの虚神もあれと同じ程度の力は持つと仮定すると、元々人間が立ち向かえる存在じゃないのは明白だ。


 ひるがえって今回の状況。

 敵は火の大虚神。だが、ステータスはバッド。

 どれだけの力があるか分からないが、本来の力は望めないだろう。


 加えて、ここは深淵だ。ツァトグアの元々の領域じゃない。

 ツァトゥグアも、サイクラノーシュ自分の領域でないと真の力は出せないというような事を言っていた。


 虚神たちは、自分の本領を持っている。

 そこから出るとあんがいと不自由な状態になるらしい。


 あの操られている炎の巨人がどれほどの力を出せるのか。

 定石通りの戦いをするならば、まずは威力偵察なんだけど――。


「お師匠さん。私が行きます」

 迷っているうちに、手を挙げたのはマツリカちゃんだった。


「私が、アイツらの気を引きます。エイボンさんからいくつか魔術護符をもらいましたし、囮くらいには――」


「ん、却下」

「なぜですか?」

「相手の戦力もわからないのに、新米が突っ込んじゃだめだ」


「このパーティで強いのは、お師匠さんとドクターです。シノンちゃんの銀の腕アガートラムも一撃必殺の威力があります。三人は温存するべきだと思います。相手の出方がわからないなら、どのみち誰かが出なきゃいけなくないですか? なら小回りもきく私が適任だと思います」


「理屈はあってる。だけどダメ」

「なんでぇ……」

 マツリカちゃんは不服のようで、恨めし気にほほを膨らませた。


「その理屈なら、ドクターの方が適任だ」

「待ちなさいアサヒ! 私、炎はちょおっと苦手ですよぉ?」


「絶対零度まで冷やせるだろ? 行ける行ける」


「ツァトゥグアの炎は数千万、数億度まで上がるんですよぉ! 学のないアサヒにはわからないでしょうけどねぇ! 熱運動は動かすより止める方が難しいんでぇすよ!」


 マジで焦っててウケる。

 ドクターは昔、フサッグアっていう炎の精にボコられた経験がある。

 多分ツァトゥグアの眷属かなんかなんだろうけど、相当相性が悪いらしく一方的にやられてた。その時は水神の幻想器を持つ轟さんが、海水を大量に召喚して倒したな。


「まぁ、二人とも心配すんなって。俺がやる。ちょっと試してみたいことがあるんだよ」


 せっかく修行したんだ。成果を見せないとな。


 ◆◆◆


 地面に熱が残る焦土を一人歩く。

 みんなには少し離れた場所で待機してもらった。

 マツリカちゃんが「私も連れていってください」とか言っていたが、断った。

 逆に戦いにくい。


『アサヒ。どうしましょうか』

「そうだなぁ、これ使うか」


 その辺に落ちてた握りこぶし程度の石をひろった。

 クトゥグアは炎の化身だ。多分実体がないだろうから、直接的な攻撃は適していない。使


『いきなり大技ですね』

「肩慣らしだ。思いっきりやるぞ」

『スコップ使いが荒いですねまったく……』


「質量操作を開始。対象この岩石。レベルは極限縮小で頼む」

『対象設定完了。操作レベルを極限縮小に設定。質量操作を開始します』


 アースの宣言の直後、俺の手から、石がふわりと浮く。

 石は、虹色に発光したかと思った後、ぶるぶると震えだした。

 そして、だんだんと小さくなっていく。


『縮小率をカウントしますね。50% 25% 15% 10% 2% 1%――』


 見る間に、小さく小さくなっていく小石。

「いいぞ、もっとだ」


『0.001% 0.0001% 0.00001% 0.0000001%』


 もう石は見えなくなった。

 だが、存在感と言えるようなものだけが、中空にとどまっている。


「まだまだ、目指すは素粒子とかのレベルだ」


『0.000000000001% ――臨界です』


 頷き、手の内にある極小まで折りたたまれた存在を宙に放つ。

 そして、アースを構えた。


 構えは野球のバッタースタイル。体をひねり力をためる。


「特大のやつ頼むわ」

『今日はホームランですね』


 そして打った。反動は何もなかった。ただ全力でスイングした。


「よし、退避だ! みんな伏せて何かに捕まれ!」

 

 極限まで存在縮小された小石が、クトゥグアたちの真ん中に飛んでいく――

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る