第46話 何か忘れてませんか? お師匠さん

 ツァトゥグアの暗黒領域から帰還した直後。

「アーサーヒィ!! あなた、何をしていたのですな!?」


 と真っ先に問い詰めてきたのはドクターだった。

「おう、ツァトゥグアとバトルるのが楽しくて、いつの間にか長居してたわ」


 と言ったら頭突きを食らった。

 生首の頭突き。これもう弾丸タックルだよなな。


「エボン神父からは、数時間と聞いていましたよ?」

「ツァトゥグアの奴と思いのほか意気投合してさ。いろいろ教えてもらってた」


「アサヒさん、あなたという人は……」

 とシノンちゃんにも呆れられた。マツリカちゃんには

「…………じい」と睨まれた。怒っているのかもしれん。


「まぁ、無事帰って来たのならよかったでぇすよ。それで、どうなのですか?」


 どうなのか? 意味するところは一つだ。

 ドクターにできて俺にできなかった技。虚神の力をそのままに振るう暴威。

 

「あー、あれな威神顕現……じつはなぁ、なんかあれだけできなくてさ」

「はぁ?? これだけ時間をかけながら習得できなかったと!?」


「いや、それ以外の技はできるようになったんだよ。だけど、変身だけはどうしてもさ……」


 申し訳なさそうにする俺にドクターもそれ以上怒るのは無粋だと思ったのか、溜め息をついて、目じりを下げた。


「――ふん。ならばこの遅れも意味がありましょうか……。それにしても、あなたが居ない間に準備はすっかり整っているのでぇすよ。本当にアサヒ待ちでした」


 見ろとジェスチャーを受けて振り返る。

 そこには、扉ほどのサイズの黄色の宝石で出来た石板の前に立つエイボンが居た。


「まずは帰還おめでとうアサヒ。ツァトゥグアさまはどうだった?」

「やべーなアイツ」


 きわめて端的に伝えると、


「そうだろうそうだろう」

 

 とエイボンは満足そうに頷いた。そしてそれ以上を聞いてこなかった。

 きっと全部しってるんだろう。


「さっそくだが本日、虚神ナイアルラトホテップ討伐作戦を開始する。私は『黄玉石板トパーズタブレット』の操作をするためここに残る。一緒に戦えない事は残念だが、十全のサポートは保証しよう」


 彼が石板を撫でると、淡く黄金色の発光が強まった。


「出発は今から2時間後だ。今回は本格的な虚神討伐になる。アサヒも帰還したばかりだろう。休むなり準備を整えるなり自由にしたまえ」


 ◆◆◆


「準備って言われてもな。もう今すぐでもいいけどなぁ」

『ツァトグゥアの領域で体感数カ月過ごしましたからね。覚悟は決まってしまいましたね』

「なー、最初はマジで怖かったけど、いつの間にか慣れるもんだな」


 暗黒空間での生活はなかなか面白い体験だった。

 時間の流れ方が違うってのはツァトゥグアの奴から聞いた。あのなりでテレパシーとか使えるんだよ。話してみたら以外といい奴でびっくりした。


 修行だとかいって、超絶巨大なアイツにボコボコにされ続けたたわけだが、意地になって戦ってるうちに力の使い方がわかってきた。


 確かにアースの力はツァトゥグア由来のものらしい。属性は土で、それまで俺達が使えたのは、自在土塊と存在の消滅を伴う攻撃のみ。


 だが、本来アースができるのはそれだけじゃないらしい。

 ツァトゥグアが俺たちに示したのは、存在の質量そのものに干渉する力だった。


『こうやるんだよ人間』


 目の前でツァトゥグアは果てしない巨大化をして見せた。

 質量保存の法則ってあるじゃん。中学でも習うやつ。

 あいつそんなもんフル無視だよ。

 

 ビビりまくる俺とアースの前で、山より高く、空より高く、宇宙に届くまで高くなりやがった。


『大きさは力である』

 

 そういったアイツは、巨大化に次ぐ巨大化で、最終的に星そのものと同じ大きさになりやがった。もう少しで、サイクラノーシュとかいう星が圧壊するところだったぜ。


『また、逆もしかり』


 つぎは臨界極小までの存在圧縮だった。

 星ほども大きくなったヤツは、近場の天体に手を伸ばす。

 指先でつまむと、ぐぐぐっと圧縮を開始した。俺とアースが見守る中、小天体は文字通り米粒より小さくなった。どん、どんどんどん小さくされて、奴が言うには極小の粒子に近い状態らしい。


『これを放つ。だが今は危ない』


 そのまま力を解除するとブラックホールになるとかなんとか、おそろしい事も言ってたな。『これが力だ』と偉そうにぐふぐふ笑っていた。


 確かにパネェ。土の虚神の力パネェ。


 そのうえでさらにボコられた。

 死んでも存在が消滅しても、いつの間にか戻された。

 おもちゃだったんじゃねーかなーと思うよ。

 でも確かに鍛えられたな。


 そんな力をたっぷりとフルコースで体験した俺とアースはすっかり新しい世界の扉を開いちまったってわけだ。おかげで多少のことじゃ恐怖しなくなったしな。


『あのような体験をしてしまうと、ナイアルラトホテップなど問題にならないような気がしますね』

「ほんとになー。俺達、すっかり人間やめたよな」

『ですね。今、私達は無敵です。さくっといってボコりましょう』

「そうだな。ボコろうぜ」


 アースと気楽に笑い合っていた。


「お師匠さん」


 と、そんな俺たちに声をかける人物がいる。

 マツリカちゃんだった。


「おお、どうしたマツリカちゃん。ってか、なんだか久しぶりだよな。元気にしてたか?」


 久しぶりに見た彼女は、相変わらず感情の読めないようなすまし顔だった。

 さっきはじーっと睨まれたけどな。もう怒ってないといいが。

 

「元気です。私からは三日ぶり程度ですけど」

「そうだっけ。俺にしてみると数カ月ぶりかなぁ」

「楽しかったみたいですね」

「おう。楽しかったぜ。大変だったけどなぁ」


「なんでなかなか帰ってこなかったんですか?」

「ツァトゥグアのやつなかなか面白い奴でさ。以外と話しも合うのな。いろいろ世界のこと教えてもらったぜ。歴史に残ってない超古代の地球の話とか」

「じゃあとっても強くなったんでしょうね」


 言葉と同時にドンっと衝撃をうけた。マツリカちゃんが俺を押したまま倒れこんできたんだ。あぶねぇと思いつつも、俺も一緒に尻もちをつく。

 そしたら。


「お師匠さんの、バ――――カ」

「お、おお?」


 馬乗りになった彼女に罵倒された。


「不安でずっと待ってたのに、なんでへらへらして帰ってるんですか? 心配したのに、どうしてそんなにノリ軽いんですか? バーカバーカ」


 やはり怒ってるらしい。

 さらに腰に佩いた薄墨丸を取り出すと――。


「んぐえ!?」


 倒れた俺に、鞘でもって首を抑えにかかったんだ。


「おしおき」


 ぐりぐりぐりぐりと喉から圧迫される。


「これ、このまま抜刀したらどうなります? お師匠さん修行して人間やめたりしました? 首飛ばしても大丈夫?」


「ちょっと待って? マツリカちゃん目が怖いぞ。それに首よ。圧迫されて苦しいよ。それにそれ危ない。刀なんだぜ?? まさか抜かないよな?」


「場合によっては」


 チンッと、鯉口を切る。

 根本に見えた刀身がギラりと剣呑な光を放った。


「エイボンさんに聞きましたけど、修行自分から延長したらしいですね」

「あ、ああ」

「遅れてごめんなさいは?」


「ええ?」

「心配かけてごめんなさいを聞いていません」

「あ、ごめんなさい……」

「可愛いマツリカちゃんは心配していましたよ。とってもとーっても心配していましたよ」

「そ、そうなのか?」

「そうなんです。謝れ脳筋」

「ご、ごめんなさい……」


 そのまま、たっぷり折檻を受ける。

 ついでに戦いが終わったら、どこかへ遊びに連れていく約束をさせられた。

 もちろん全額俺のおごりらしい。



   ◆◆◆


 それぞれの武器と携え、俺達は黄玉石板に向かう。


「帰りは任せましたよぉ。今度こそ、欠けることなく戻りますからねぇ」

「わかっているさドクター。確実に退却させて見せよう。私もあの頃の私ではないからね」


「しばらくの間ですがお世話になりましたわ。いまさらなんですが魔術というものに興味がわきましたわ。戦いが終わった後でも連絡を取っても?」


「もちろんいいとも曽我咲のお嬢さん。我らの生はまだまだ続く。人の歴史が終わらぬ限り」


「エイボンさん。今度お師匠さんの昔の話教えてくださいね。恥ずかしい話とか、情けない話とかも全部。それでお師匠さんを黙って異星に飛ばしたことは水に流します」


「あ、ああ……。わかったよマツリカ嬢。だからそう険しい目をしないでくれるかね……」


 見送るエイボンとそれぞれ言葉を交わし、石板に吸い込まれていった。

 複数の転送はできないらしく一人づつだ。


「うっし、今度こそあの黒いの仕留めてくるわ」

「ああ。お前には期待しているアサヒ。今も昔も、変わらずだ」

「おう、わかってるぜ」


「――ほんとうに、お前は抗うものたちの家アーカム・アサイラムの剣だったよ。そしてそれは今でも変わらない。戦う末に、輝かしい未来があらん事を」


 最後に見たエイボンは、珍しく柔らかく笑っていた。




 石板を抜けると、そこは一面の焼け焦げた荒野だった。

 遠くに黒い球体が見える。

 あれは、あれこそが、黒き虚神ナイアルラトホテップだ。


 それに、その周囲に焔の巨人がいた。

 燃え盛る、生ける炎クトゥグアの火だ。


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