第25話 追憶:共にある陽だまり

 母さんと妹を探さなきゃいけない。

 外に投げ出された俺ですら生きてたんだ。二人も絶対生きてるに違いない。


 そう信じた俺は、洞窟内を探索していた。

 飯も食っていなかったし、日の光がないから、時間の感覚もわからない。

 

 ただ、寂しくはなかった。俺の手の中にはアースがいたから。


『アサヒ、3時の方向に魔物が。あれは食屍鬼グールですね』

「グール?」

『アサヒの世界であれば、アラビアの砂漠にすむとされる、屍食いの悪鬼ですね。奴らの主食は死体です。基本的に死んだものを好みますが、油断しないでください。かれらに戦う力がないわけではありません。ほら、あのかぎづめ。血走った眼を見てください』


「おお……。確かに凶悪だ。それに大きい。人間くらいあるんだな」

『力は人間以上です。それに群れて戦います。ハイエナと同じだと思ってください』

「ハイエナと戦ったことないけど……」

『それは失礼。決して囲まれないように。常に動いて一匹ずつ仕留めていきましょう』


 俺の探索者としての最初の師匠はアースだった。

 迷宮ダンジョンが誕生して、溢れた迷宮魔物クリーチャーとの闘い方を俺はそこで学んだ。


 中京断崖は、南北に向って裂けた大峡谷の底にできたダンジョンだ。

 空は遥か遠く、細長くか細い光を落とすのみ。陽光が乏しい断崖に張り付くようにできた曲がりくねった道。一歩足を踏み外せば真っ逆さまの危険な場所。


 そこに、ギャギャ、ギャギャと異形の魔物たちが跋扈ばっこする。


「こんっ、にゃろ!」


 アースがかけたくれた身体強化の力でもって、食屍鬼グールを両断した。

 最初こそ生き物を殺す感覚に戸惑ったが、殺さなけりゃ殺されるという迷宮の掟にしたがった。


 奴らとの闘いは次第に楽しくなっていた。


 腹も減らない。疲れもそれほど感じない。

 俺とアースは不眠不休で、断崖ダンジョンを走り回った。


 途中食屍鬼グールに食べられている人の死体を見た。アースが言うには地上でさらわれた人かもしれないって。


 供養のために、群がる死屍鬼は念入りにつぶした。

 そんな生活がしばらく続いたころ。グール狩りの最中、生きている人間に出会った。それも複数だ。


「エンカウンター!」

「屍食いの化け物が出たぞ! 先制だ、ファイア! ファイア!」


 いきなり撃たれてびっくりしたね。日本に生きてて銃撃されることってあるんだ。

 だけど、アースの力で強化されていた俺には効かなかった。


 銃弾をすべて叩き落として、肉薄。思い切りアースを振りかぶる。

 相手が人間だって事は分かってた。けれど俺はもう攻撃されてたからな。殺そうとするなら殺すよ。それが何であろうとな。


 だけど――。


「ま、まって! キミも、ストップストップ!!」


 俺のまえに飛び出したのは、少し赤毛で髪をおさげに結った眼鏡の女だった。


「みんなも! この子、汚れてるけど人間ですよ! 撃っちゃ駄目ですって!!」


 周りの男たちに立ちふさがって、必死で止めていた。

 俺はそれをぽかんと突っ立ってみていたっけ。多分人間と会うのが久々すぎてわけがわからなくなってたんだと思う。その時の俺の恰好は食屍鬼グールに間違われるくらい、ボロボロだったからな。


「ええと、キミ。しゃべれる? 名前を教えてほしいな!」


 男たちとの交渉が終わったのだろう。

 振り返った彼女は、くったくのない笑みを俺に向けてそういったんだ。


 ◆◆◆

 

 迷宮関連事件・日米合同特別調査チーム

 それが、抗うものの家アーカム・アサイラムの正式名称だった。


 突然出現した迷宮に対して同盟国である米国と合同で組織された調査チーム。

 リーダーは、エボン・りーっていう名前の神父だった。


 エボン神父は、もともとアメリカで名の知れた霊能力者だった。迷宮事変と同時期に【夢】を見るようになった。その夢っていうのが少し先に起こることをがわかるいわゆる予知夢だったらしい。


 日本のダンジョンから、真っ黒で得体のしれない巨大なものが溢れでて地球を飲み込む。


 そう予言したエボン神父を米国の大統領は信じた。

 すぐに日本の政府とコンタクトを取って、合同で調査チームを派遣することになったんだ。


 そうして、エボン神父は、助手のシスター・ナイアと一緒に日本にやってきて、抗うものの家アーカム・アサイラムを組織した。


 チームに保護された俺は、一旦地上の家に帰されることになった。

 家に帰ったら、母さんとサクラは無事だった。本当に安心したよ。


 事故の後遺症もあるだろうからとしばらく家でゴロゴロしていたら、例のエボン神父と、シスターナイアが家にやってきた。


 俺をチームにスカウトしたいと言った。

 アースを振るって、迷宮魔物クリーチャーをぶちのめす俺を見て天啓が下りたんだって。


「ふうむ、これはこれは、興味深いですね!」


 アースの解析を担当したのは、まだ体があるころのドクター・役野アンデルセンだった。ドクターによるとアースには、【迷宮より来たりしモノ】の力が宿っているらしい。通常の銃器ではとても到達することのできない強い力。大地・炎・水・風そんなものを自由に操る力があるんだと言った。


「おやおや、んんんー。これは駄目ですねえアサヒ坊にしか使えないようになっているらしい」


『肯定します。私たち幻想器は所有者を一度決定すると覆ることはありません』


 そんなわけで俺はそのまま、アースの使い手として戦闘員になることが決まった。


 だから、当時15歳の中学生だった俺は特例で早期卒業。政府公認の探索者として社会人デビュー。ありがたいことに給料がとんでもなく良かった。


 妹のサクラは生まれつき心臓に大きな障害を持っていて、当時も入退院を繰り返していたんだ。その治療費のためにうちの家計は火の車だったからな。治療費を全部払ってもまだまだ余裕ができたのはありがたかった。


 右も左もわからないガキだった俺の世話をしてくれたのが、最初に俺を止めてくれたお姉ちゃん。宇賀原うがはらミウだった。


「アサヒは、強いけど、まだまだ子供だからね! お姉さんにドーンと頼ってね!」


 ミウ姉はいつでも俺のそばにいてくれた。

 大きな銃を持って戦う彼女はかっこよかったし、めちゃくちゃ頼れた。


 俺はミウ姉ちゃんになついた

 いつでも一緒にいれることがうれしくて、楽しかった。


 銃弾と、迷宮魔物が放つ悪臭と、アースの土埃と。

 毎日戦って、野営をして、みんなで馬鹿笑い。

 俺の青春はそんな風に過ぎていった。


 政府公認の探索者チーム、抗うものたちの家アーカム・アサイラムの中京断崖の調査は1年にも及んだ。そしてついに、俺たちは迷宮核のある玄室と、その先にある、深淵アビス層への通路を見つけたんだ。

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