アサヒは思いだす

第24話 追憶:土を這うヒキガエル

 昔話をしようと思う。

 今から五年前の話。俺がまだ中学生だったころの話だ。



 ―――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――



「――ええと、キミここで何してるの? え、答えたくない? うーん困ったなぁ……。あ、そうだ! キミお腹は減っていないかな?? 味気ない軍用食料レーションでよければ、食べるかい?? え、食べない? しょぼん……」


 ぽかぽかな陽だまりみたいな女性ひとだと思った。


 名前は宇賀原うがはらミウ。日本人で元自衛隊員。その時の歳は25。キラキラとした勝気で大きい目と、その割に、ちょっと自信なさげなしゃべり方が印象的だった。


 当時15のガキだった俺にはずいぶんお姉さんに見えたけれど、特別探索者チーム“抗うものの家アーカム・アサイラム”の中では若手の下っ端だったんだと思う。


 アース片手に、迷宮を駆けずりまわっていた俺に、最初に声をかけたのも彼女だった。


 ◆◆◆


 

 【迷宮出現事変ダンジョンインパクト】の影響で、巨大な地割れが発生した日。俺は、母と妹のサクラと一緒に地下鉄に乗っていた。


 どこへ行こうとしていたのか。何の用だったのか覚えていない。季節的に死んだ祖母の墓参りだったのかもしれない。


 車内は閑散かんさんとしていて、地下鉄独特の生ぬるい風と、鉄の匂いがしていたことを覚えている。


 それは突然だった。

 巨大な地震だったのだと思う。衝撃と轟音。明滅する光の中、すべてが傾いた。体が打ち付けられた感覚。ガラスが割れた音。そのあと浮遊感が。


 落ちる――


 窓をぶち破って車外に投げ出されたと思った。落ちる。まだ落ちる。まだ落ちる? 俺はどこに落ちているんだ?? 落下感覚が止まない。まだ落ちる。俺は体を丸めて頭をかばった。


 長く続く落下感。相当落ちている。そんなことをしても意味があるとは思えないけど、死にたくない! そう思って必死に丸まる。


 地面にたたきつけられた、と思う。全身に激痛が走った。ばらばらになった気がした。そのあとのしばらくの記憶がない。


 ◆◆◆


 気が付いたとき、俺は土を掘っていた。

 あたりは無明の闇に閉ざされている。いい加減慣れてしまった目でも薄ぼんやりとした土壁の輪郭が見えるのみだ。その中で土を掘っている。


 指先が痛かった。素手で地面をかき分けているのだから当然だ。だが、俺は気にしない。狂ったように掘り続けていた。


 なんのために掘っているのかわからない。ただ得体のしれない衝動に突き動かされていた。どれほどの時間そうしていたのかわからないが、俺の掘った穴は、深く深く。地中へ続いていた。


 不思議なことに、穴を掘っている間、腹も減らなかったし、便や尿も出なかった。疲れは多少あったから、穴の中で土にまみれて眠った。


 三回くらい眠ったころだろうか。


 指先に触れたものがあった。

 固い。金属のようなもの。


「み、つ――、けた、」


 久しく出していなかった声。かすれた呻き声が出ただけだ。だけどもそれでよかった。


「これで、生きれ、る」


 俺はそう直感していた。何かに呼ばれるように、この埋もれているものを探していたんだ。掘り出したそれは先端が幅広になっていてズシリと重い。手で触り形を確認する。スコップだった。


「たす――け、て」


 俺はそのスコップに懇願こんがんした。助けて。力を貸して。と。


『――救援要請を受諾じゅだく。あなたを暫定ざんていの所有者と認めます』


 握りしめたスコップの柄に幾何学模様きかがくもようの光が走ったのは、声が届いたからなのだろう。


 ◆◆◆


 それが【土塊かえし】アーススターとの出会い。

 俺とアースは、土を掘り返し進んでいた。


 素手で掘るのとは、段違いの効率。サクサクと進む。岩肌がまるで豆腐かプリンみたいだ。


『貴方はなぜ土の中にいたのですか?』

「わかんねー。ただなんか事故にあったっぽくて」

『事故……』

「地下鉄が横転したっぽいんだよな」

『地下鉄――、メモリーにはない言葉ですね』

「お前、AIってやつなんだろ? ヘイ、シリみたいな?」

『肯定。あなたたちの言葉を借りるならば、私はこのスコップ型ジオード作用機【土塊かえし】に宿りし疑似人格【アース・スター】。気軽にアースと呼んでくれると嬉しいですね』

「わかったよアース。俺の名前は斎藤アサヒだ。よろしくな」

『ええ、よろしくお願いしますね。アサヒ。――ところで今はどこに向っているのですか?』

「とりあえず、地上に出たい。母さんと妹が心配だから……」

『地上……ですか? そこはどういった場所ですか?』

「地上は地上だろ? この洞窟の外だよ」

『外……』


 アースはしばらく黙ってしまった。

 外もわからないのか? ポンコツAIなのかなと思っていたら。


『理解しました。ここは地球なのですね』

「地球っていえば地球だな」

『アサヒは、ここから出たいのですね?』

「だから、そういってんじゃん」


 察しの悪い人工知能だな! 


『アサヒ。左上、その角度です。その方向に掘りましょう。大きな空洞が見えます』

「おお、マジか。助かる」

『あなたを正式な所有者と認めます。私を力を込めて握ってください』

「え。こ、こう?」

『よろしいです。そして、強く念じてください。掘りぬけるというイメージを強く、強く。私の刃先は何にも負けません。どのような障壁も、どのような岩塊も紙切れのごとく、霞のごとく霧散するように、念じてください』

「え……、急にそんなこと言われてもわかんねーよ」

『では、視覚的イメージで示しましょう』



 その瞬間、俺の頭の中にイメージが流れ込んだ。


 ――俺は、白人の女の人だった。きれいな金色の髪。長い手足。細い腕なのに、武器を振り回していた。巨大な毛むくじゃらな猿みたいな化け物が相手だ。俺=その女の人は、武器を振り回しそして、猿の胸元に突きこんだ。威力がすごい。腹から背中にかけて、大きくえぐれた。その背後の地面ごと、ごっそりと消失――


『見えましたか、アサヒ』

「み、見えた……」

『どうでしたか』

「なんかすげぇ! ゲームのドラゴンハンターみたいだった!」

『感覚も共有できたはずです。同じ感覚で、振るってみてください』

「わ、わかった!」


 アースが見せてくれた漫画やアニメのような戦闘シーン。追体験っていうのだろう。その感覚を思い出し、俺はアースを振るう。


 貫く。ぶち抜く。紙切れのように、霞のように。最初から何もないように。

 

 水平に構えて、思い切り振りぬいた。


 轟音。俺の目の前の岩塊・岩肌が、きれいに無くなっていた。


『いいトンネルが掘れました。威力も申し分なし。目的の空洞まで到達しています。やりましたねアサヒ』


 誇らしげに言うアースの声なんか、俺は聞いちゃいなかった。


「すっっっげぇええ!!!! なにこれ、すっっげぇええ!!」


 偶然手に入れたファンタジーな力に、有頂天だったからだ。

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