第23話 抗うものの家

「……結局、深淵とは何なのですか?」


 復帰したシノンちゃんと深淵アビス層をいく。

 調査隊の発見という目的は達した。残念なことに生存者は2人だったが、シノンちゃんだけでも生きていてくれたから良いだろう。ドクターはどうせ死ななかっただろうしな。


 救出は成功した。

 あとは帰るだけ、なのだが困ったことが一つある。


 深淵から地上に戻るのは少しばかり面倒なルートを通る必要があった。クリーム色の空に噴煙を上げる山がある。地下火山とでも言おうか。地上へのゲートはそのふもとにある。火山までは道なき道を行く必要があった。


 その道すがら、シノンちゃんの質問が飛ぶ。


 この救出劇は、完全ノーカットで地上に配信されていた。視聴者や、DDDMのシィさんからもこの深淵層という不可思議な空間の説明を求められたのだ。


「イスの民が作った箱庭である――という仮説がありまあすねぇ」


「イスの民? 初めて聞く名ですわ」


『イスの民とは、この深淵なる世界。閉じられたトラペゾヘドロンの中で生きていた知的生命体の名です。高度な知能と能力を持った彼らでしたが、【虚神】ラヴクラフトたちとの生存競争に敗れました。現在、彼らの亡骸は深淵のさらに地下、水晶壁の内に保管されるのみ。ですが、イスたちは、滅びる前にこの深淵アビスを閉じました。彼らは厄介な星の怪物たちをこの地に集め、閉じ込めたのです。蟲毒となったトラペゾヘドロン。数多の【虚神】ラヴクラフト【異獣】ダーレス跋扈ばっこする。そのような状態にある名状しがたき箱庭。――――というのが、私のメモリーに残された情報です』


 ―――――――――――――――――――――――

 -ファ……?

 ーふにゃぺし

 -アースちゃん専門用語多すぎてよくわかんなかった。もう一回

 -なんか知らん言葉いっぱい出てきたけど

 -いろいろ居るんだろうなってのはかろうじてわかった

 -わかったようなわからないような……私の頭が悪いせいですね(クレチャ 5,000円)

 ―――――――――――――――――――――――


「大丈夫、固有名詞の意味はアースでも知らない。ただメモリーにそう記録されている。だから、ここがどういう場所かっていうとらヤバいやつらがひしめいているヤバい場所ってことしかわからない」


 ―――――――――――――――――――

 -前に、アサヒニキが『日常が浸食される』『書き換わる』って言ってたのはなんぞ?

 -死者の王リッチーぶっ飛ばしたときに言ってたなぁ

 -覚えてる覚えてる。あの時もぽかーんだったけど

 ―――――――――――――――――――


深淵アビスってほっとくとダンジョンを伝って地上に出てくるんだよ。5年前、俺が初めてダンジョンに落ちた時は中層くらいまで深淵化してた。今の迷宮魔物ダンジョンクリーチャーと比較にならない強さの敵がうじゃうじゃだった。もちろん地上にも被害が出てたよ。行方不明になる人がたくさんいたんだ」


 ――――――――――――――――――――

 -あー、確かに。マスコミはダンジョンの影響とは言ってなかったけど、そうなのかなってみんな思ってたわ。

 -一攫千金を夢見て自主的にダンジョンに消えた奴も居たらしいしな

 ――――――――――――――――――――



「で、当時、中京断崖を攻略中の探索者のチームがあったんだ。抗うものの家アーカム・アサイラムってう名前。そこに拾われた俺は、仲間――ドクターもその一人なんだけど、彼らと協力して、深淵アビスに至ったわけ」


『そのチームの名前はー、初耳ですねー。なんでDDDMも知らなかったんでしょうー?』


「さぁなぁ。日本政府がなにかしたのかなぁ……」


 正直、俺にもわからない。

 ただ俺たちは深淵層に至った。そこでたくさんの【虚神】ラヴクラフト【異獣】ダーレスと戦った。


「そのころですなぁ、私がこの姿になったのも!」

 シノンちゃんに抱えられたドクターが誇らしげに叫ぶ。


 ドクターみたいに人外になったとしても、生きているならまだましだ。奴らにやられて死んでしまった奴もたくさん――――



 そう思ったとたん

 フラッシュバック

 する光景が





 『――アサヒは逃げて!』



       『――これをあなたに託す。必ず守り通してほしい』



『だぁめだよ。キミには妹さんがまってるでしょう? 生きなきゃね……』





 ――――――――――――――――――――――――


「え?」



「お? アサヒ坊どうしましたかな?」

「え、な、何かありましたの??」


 あ然としていた。

 急に立ち止まった俺に、シノンちゃんやドクターがいぶかし気な目を向ける。


 今のはなんだ?

 何かを思い出しかけた気が……


「なんですかな。何もないのであれば先を急ぎますよぉぉぉお! ほら、出口はもうすぐそこですな!」


 ドクターが急かす。

 いつの間にか目指す地底火山のふもとまで来ていたらしい。



 ――――――――――――――――――――――――

 中京断崖は、ただの入り口の一つに過ぎなかったのだ。

 同様に東京大洞穴もそう。京都の地底湖もそう。世界中がそうである。

 各都市のダンジョンの先は、この深淵の世界につながっていた。

 ではその理由はなぜだろう? なぜ人の多い場所に出現したのだろう

 ―――――――――――――――――――――― 


 じくじくと、頭の奥がうずく。

 なんだこのイメージは。

 頭の中で知らない男ががなる。


 ―――――――――――――――――――――


 窮極にして無窮の門であるシュブ=ニグラス! 

 あるいは鍵である、ヨグ=ソトース!

 これらが合一するとき、輝きを失いし偏四角多面体トラペゾヘドロンは再びこの宇宙に扉を開く!

 わかった、わかった、わかってしまったのだ!

 ヤツラは、帰りたがっていた! 母なる外宇宙に! 白痴の神が座するこの世界に!

 ―――――――――――――――――――――――――


「まったく、アサヒ坊には昔からびっくりさせられっぱなしでしてな。驚きましたよ。ダンジョンアタックをしていると、迷宮化した土中に、中学生がいるのですからな! しかもそこでサバイバルをしていた。迷宮事変からすでに結構な日数が経過していましたからな! 最初の崩落の生存者などいるはずもないと思っていましたよ」


 ドクターの声が遠い。

 俺が保護されたときの話か。

 泥だらけの俺。アースを抱えて、飢えた獣のようだった俺。


 それに手を差し伸べてくれたのは……



抗うものの家アーカム・アサイラムは、大所帯でしたな。軍人や傭兵、研究者がいましたな。それはそれは強いチームでしたよ!」


 そう。強かった。俺やドクターのほかにも、幻想器使いがたくさんいて。


 その中でも、炎を操るあの人は。

 優しくて、強くて……


 でも、あの人は、黒い泥濘でいねい飲まれた。


 飲まれた。飲まれた。飲まれて、死んだ。



「――なぁ、ドクター……」


 俺は乾ききった喉から声を振り絞る。


「抗うものの家って、

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