第17話 ダンジョン内にダンジョン

『調査チームが消息を絶ったのは、この先の洞窟ですー』


 ドローンの向こうで三間坂シィさんが神妙な顔を見せる。今回の配信は、DDDMの緊急配信を使わせてもらっているから、救助対象の情報を彼女が教えてくれるそうだ。


『それにしても、本当にすごい場所ですねぇー……。ダンジョンの内に世界が広がっているなんてー。空どうなってるんですか? ここって異世界なんですかねー?』


「目に見えてるほど広くないんです。空みたいに見えるけど、プラズマでできたモヤで。なんて言ってたかな……。まぁ、地底世界ってやつです」


 この空を教えてくれたのは誰だったっけ。

 だったかもしれないし、だったかもしれない。

 今となっては遠い思い出だ。


『あー、そこですね。そのポイントですよー』


 シィさんの指し示す先には、朽ちかけた石作りのアーチがある。その先にはぽっかりと洞窟が口を開け――、いや洞窟じゃないな。あれは影だ。円形の黒い影がたゆたっている。単純に光が届いてなくて、暗いんじゃない。闇そのものといえるものが揺れているんだ。


 ―――――――――――――――――――

 -なんだこれ、黒い影? モヤ? ヤバそうじゃね?

 -アサヒニキー、ナニコレ?

 -なんか動いてんね。ぐるぐる~。どっかで見たことあるわ

 -俺知ってる。ゲームで出てくるワープゲートよこれ

 ―――――――――――――――――――


 視聴者リスナーたち鋭いな。

 伊達に迷宮配信を見ていない。直感的にわかるか。


「その通り、これはダンジョン内ダンジョンの入り口だ」


 俺は闇に手を差し入れぐにゃりと広げる。変形した闇の奥には、見慣れた洞窟が広がっている。――土があるな。アースと相性がよさそうなフィールドだ。


『わー、でもこれって……ここはそもそもダンジョンの中なんじゃないですかー? じゃあ、これは、ダンジョン内ダンジョン内ダンジョンですねー!』


 ―――――――――――――――――

 -ファ?

 -お姉さん何それw

 -センス独特

 -ちょっと面白かったwww

 -シィさんかわいい(クレチャ10,000円)

 ―――――――――――――――――


『あー……今の発言は忘れてくださいー』


 バツの悪そうなシィさんを後目しりめに、ダンジョン内ダンジョン内ダンジョンなるものに入っていく。なるほど語呂はいいな。


 ―――――――――――――――――

 -おー、中は普通のダンジョンと変わらんのな

 -実家のような安心感

 -さっきまでの空間なんか怖かったわ

 ―――――――――――――――――


「それ正解だよ。みんなはこの場にいないからあえて言わなかったんだけど、あの光の中にずっといると危ないんだ。率直にいうとだんだんと


 ――――――――――――――――――

 -ひえっ

 -マジでか

 ――――――――――――――――――


「ああ、マジだぞ。実はさっきまで相当きつかった。眩暈と冷や汗と焦燥感が断続的に襲って来る。気合入れてないとマジで叫びだしそうだった。これ見てみて」


 言いながら俺は、撮影ドローンの前に手のひらを映す。

 ぐっしょりと汗で濡れている。ところどころ、爪が食い込んで赤くなっていた。


 ―――――――――――――――――――

 -お師匠さんでもそんな……(クレチャ10,000円)

 -モニタのこっち側だとわからんけどヤバそうだな

 -お、アサヒニキ生命線長いな

 -知能線は短め。やはり脳筋か

 -男の子の手ですね。それだけやな

 -なんかわからんけど、しんどいんだろうってのは分かったわ

 ―――――――――――――――――――


「おう……」


 精神的にきついことを伝えようと思ったが、いまいちだったらしい。


「まぁいいや。それよりもシィさん、要救助者は何人でどんな人たちなんです」


 ダンジョン内は薄暗闇だ。先は見通せない。少し考えた俺は、「アース」と合図をして壁を叩く。コーンと澄んだ音が洞窟内に広がっていく。反響定位エコーロケーション。土中を利用した範囲探索だ。


『ええとですねー、DDDMのスタッフ6名と、外部からのお客様が3名ですー』

「お客様?」


『はいー、実はですね。【曽我咲インダストリ】から新型迷宮宝具のテストをしたいと申し出がありましてー。深淵層でも通用するかどうかみたいとー』

「テスターか」


 ――――――――――――――――――――

 -お、曽我咲動き早いな

 -さすが国内ナンバーワン迷宮宝具関連企業

 -でもよ、曽我咲のテスターってたしか……

 -あー、シノンちゃん……

 -マジで??? あのシノンちゃん!!!???

 ――――――――――――――――――


「有名な人なのか?」


 ――――――――――――――――――

 -は? また出たよ。アサヒニキの仙人しぐさ

 -なんで知らんの定期(二回目)

 -探索者界隈で、曽我咲シノンちゃん知らんとかもぐりすぎるわ

 ――――――――――――――――――


 ひどい言われようだ。そしてデジャブがすごい。


「配信はあんまり見てなかったんだよ……。あれだろ、マツリカちゃんと同じような感じだろ? ネットで有名な配信者」


 ―――――――――――――――――――

 -!! 私なんかと一緒にしちゃだめです。シノンちゃんは本物の、実力も可愛さも兼ね備えた、超本格派探索者ですよ!!(クレチャ10,000円)

 -そういえば、マツリカちゃんここに居たわ

 -安定のクレチャ投げ魔

 -息を吸うように散財するJK

 -まぁ、言っちゃ悪いけど、ハルリカちゃんねるはビギナー向けだな

 -シノンちゃんはな、強いよ

 -曽我咲って名前がそれを物語る

 -なんて言っても社長令嬢だ。国内最強の迷宮宝具メーカー、曽我咲インダストリのな――

 ―――――――――――――――――――


『アサヒ、お話の途中ですが、この先800m先に複数の人間と思われる反応を得ました』


「いたか……。どうだ? 

『微妙ですね。呼吸が変です。形もまた……』

「わかった。急ごう」


 俺とアースの会話に、視聴者たちとシィさんが焦った様子を見せた。

 



 



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