第5話 アース、拗ねる
俺がほりほりしている間にコメント欄はどこの
視聴者といっても、俺みたいな新参の配信を見に来る奴らは、結構詳しい奴らしい。多分この中の何人かは、同じ
無秩序に進行するコメントを見ながら、俺は鼻唄交じりでほりほりを続行する。
質問には答えてないけど、話が逸れたのならヨシ。そっちで盛り上がってくれるならなおヨシ! だ。
それに見ているだけでも面白いしな。色んな情報が流れてくる。
謎に包まれた
――ガキンッ
そんな事を思っていたら足元で異音がした。
アースの刃が通らなくなったらしい。ここから色が違う。今までは赤茶けた土色だったのが、灰色じみた石灰岩のような質感になっていた。
『アサヒ。深層に到達しました。区画強度が4段階ほど上昇してます』
「了解。
『問題ありません。中京の深層域よりもお粗末です。解析にすこしかかりますが』
「たのむ。視聴者と話してるからのんびりで良いよ」
『分かりました。ごゆっくりアサヒ』
――――――――――――――――――――――――
-おー、アサヒニキ、スコップちゃんと仲いい
-スコップちゃん、声女の子~。擬人化したりしないの?
-『おい、ア〇クサ』って呼びかけなくても反応してくれるの良いな
-アサヒニキ~、区画強度って何~? フィールドの浸食って何? ATフ〇ールド?
-主がどこまでぶち抜くのか興味が出てきた。このまま深層までいけるんか?
―――――――――――――――――――――――
いつの間にか俺の呼び方は『アサヒニキ』に決まったらしい。
まだ名乗った覚えは無かったんだがな。チャンネルが【新人:斉藤アサヒの初配信!】となってるからそれで知れたんだろう。
しかし、この視聴者たち……、ずいぶんノリのいい奴らだ。
面白おかしく書かれるコメントを読んでいたら、ふふっと笑えるものが多い。
迷宮配信はどこもこんな感じなんだろうか。釣られて俺も会話に入る。
「ええとな。こいつの名前は【
『解説ありがとうございます、アサヒ。しかし、可愛げが無いのは申し訳ありません。私は、少し傷つきましたよ? 言っておきますが、お望みとあらば、そういう風にも振舞えます。例えばこんなふうに――。こほん、ねぇ、アサヒ! そんな事言って酷いよぉ! アース傷ついちゃった。ぷんぷん!』
――――――――――――――――――――――――
-ぐへ。きっつ、きつ
-アースちゃんあかん。それはあかん。
-元々大人びた声だったから、三十路のババアが無理してぶりっこしてる風にしか聞こえん。ゲボる
-きっつ、きっつ
-ばばあ無理スンナ
-アサヒ氏解説乙。アースちゃんはきっつ
――――――――――――――――――――――――
『――――アースは傷つきました。ショックで機能停止です』
シュオンと音がして、柄の発光が消える。とたんにずしんと重さが来る。
アースがその力を切ったからだ。数年探索者を引退していた俺が昔と同じようにアースを振るえるのも、彼女のアシスト機能が働いていて、筋力補助やなんやかんやされているからなのだ。
「待て、停止やめなさい。流石に深層で迷宮宝具なしは死ねるからな。ほら、みんなも謝って。こいつへそ曲げるとしつこいんだよ!」
―――――――――――――――――――――――
-アースタソへそ曲げてワロタ
-可愛いじゃん。こういうのでいいんだよ。こういうので(byこういうのでいいおじさん)
-おいこの人工知能人有能すぎだろ。人類滅ぼされるぞ
-お? アースちゃんを悪く言う? この配信のアイドルやぞ
-
-でたわ、スカイネット信者
-心配しなくても、アースちゃんほど人間的なAIほかに見たことねーよ
-その迷宮宝具、AIだけでも世界ひっくり返りそう
-アサヒニキなんか潰れてっけど
-アースちゃん重いんじゃね? 1メートル越えの大型スコップだし
-アースちゃんごめん
-きつくないよ。大丈夫
-許してあげて。アサヒ氏死んじゃう
―――――――――――――――――――――――
『……アサヒが謝るならば許しましょう』
みんなのコメントでほだされたのか、柄に光が戻ってくる。同時にアース本体の重さも軽くなる。
「すまん。調子乗った。アースは有能で最高で無敵な相棒だよ」
『ええ、そうでしょうとも。3年も押し入れの中で待ったのです。もう離さないでくださいね』
アースの言葉に、コメント欄は盛り上がっている。
可愛いとか、けなげだとか。
今の探索者が配信制度を受け入れている理由がよく分かった。
時に孤独にもなる探索者稼業。一人は誰だってさみしい。だけど、こうやってみんなでワイワイしながらだとそれも苦じゃなくなる。
「――あーあ、もっと早く戻ってくるんだったなぁ」
俺は昨日までの自分を思い出す。
怒鳴られてばかりで、まったく認めてもらえなかった自分。
なんであんなところに居たのやら……。
――――やべ、ちょっと涙が出た。
――――――――――――――――――――――――
-お、アサヒニキ泣いてる?
-アースちゃんなんか持ち主、泣いてるからなぐさめてあげて
-その反応、さては元ボッチだな?
-あー、配信業は自己肯定感補充されるからなー
-別に俺ら、アサヒニキが凄いから盛り上がってるだけだし
-新人誰にでもこんなに盛り上がるわけじゃないしな
-あんたの配信見てて面白い
-ほれ、褒めてるんだから涙ふけし
――――――――――――――――――――――――
「――な、泣いてねーし!」
恥ずかしさも交じり、背を向けてアースを振りかぶった。
能天気な視聴者たち。でも俺を応援してくれる。
それがうれしかった。
「よし、このまま一番下まで行っちゃうか!」
振り下ろした刃は、解析が終わっていたダンジョンの内壁を、いとも簡単にぶち抜いた。
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