第6話 ハルカ・マツリカの迷宮ちゃんねる

 <東京大洞穴とうきょうだいどうけつ地下68階層>

 【探索者:庭マツリカ】


(やばい、やばいかも、やばいよ絶対!)


 私は焦っていた。追われてるからだ。

 足がもつれるけど、気にしてられない。全力で逃げないと。


 クラスメイトのハルカと一緒に迷宮配信者ラビリンチューバ―を始めてもう半年になる。私たちは『美少女JK探索者』とおだてられて調子に乗っていた。


 【深層域:黒回廊】

 ダンジョンの端っこに存在するこの道は、特別強い魔物が出ることで有名だった。DDDMからもできるだけ近づかないように注意が出ている危険スポットだ。だけど、ダンジョン配信ではそういう場所にこそ人気がある。


『ちょっと強気でせめてみる?』


 ハルちゃんの思い付きを止めなかった私も悪い。魔物は強いけどドロップは良いし、配信も盛り上がる。危険なのは知ってる。でも私たちだって探索者だ。


 


 本当にそうだったの? 

 もう少し慎重に考えてたらこんな目に合わなかったんじゃないかな?

 思い上がった私たちの前に、現れたのはだった。


「「「グルルルルルォォオオオオ!!」」」


 ひどく耳障りな吠え声が聞こえた。

 後ろも見ずにひたすらに走る。私たちが走るすぐ後ろで、赤い炎がはじけた。間一髪だ。もう少し角を曲がるのが遅かったら焼かれてたかも。

 

(もう追いついて来た……)


 暗闇から追ってくるアイツは、普通じゃない

 大きくて真っ黒で、首が三つあって。その三つの首がそれぞれ火を吐く。


「リカ、あかんっ。ドローンきてない。やられてもーたんや!」

「え……、じゃあ救助コールは……?」

「ドローンが逝った時に通報いってるかもしれへんけど、待ってられへん! うちらがあいつに捕まったら、救助どころの話やないよ!」


 一緒に逃げているハルちゃんにも余裕はなかった。

 普段聞かない切羽詰まった声。


「アイツをどうにかせな、逃げきれへんよ!」

「でも、ど、どうにかって……」


 完全に息が切れて、足が止まる。アイツの気配が近づいて来る。


 隣にいるのは相方でクラスメイトの阿賀野あがのハルカ。

 トレードマークは探索仕様に改造した巫女服で、京都出身の大和撫子やまとなでしこ。でもその巫女姿も擦り切れてボロボロだった。


迷宮配信者ラビリンチューバ―は見た目のインパクトが大事なんよ!』

 

 コスチュームはデビューの時に一緒に特注した。私は軽くて動きやすい紺のセーラー装備。防弾仕様で、丈夫で動きやすい。ちょっとやそっとで傷つかないはずなのにアイツには関係なかった。ボロボロなのは私も同じ。あちこち怪我もしている。


 また咆哮が。


「う、ううう!」

「ひぃぃ、声ヤバい! なんなんあの子! なんで吠えるん!? 怖いんよ!」 


 昔に比べてすごく安全になったダンジョン攻略だって、不幸な事故や迷宮魔物クリーチャーの猛攻で死んだり大けがしたりする人はたまにいる。自分たちもそうなりかけてる。……そう考えたら背筋が寒くなった。

 

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)


 ゆっくりと近づいてくる。

 見上げるほど大きい。三つの首と深紅の目。真っ黒な身体。

 神話に出てくる姿そっくりの三つ首獣ケルベロス。そんな訳の分からない怪物が私たちをつけ狙う。炎を灯した口を開けて――


「火炎放射がくる……。この距離、もう逃げられへん……。リカ、うちの後ろっ」

「う、うん!」


 ハルちゃんが前に出た。

 ぐっと構えて腕を広げ――、パンっと手を打ち鳴らした。


「守ってや! 無形結界むぎょうけっかい!」


 ハルちゃんの両手から青白い光が溢れる。

 そのまま光は広がって、私たちを覆う不可視の盾を作った。

 ケルベロスの口から出た恐ろしい勢いの炎が盾に阻まれる。眩しいけれど、熱さも何も感じない。


 ハルちゃんの迷宮宝具は橘製作所の最新モデルだ。防御特化の守護者ガーディアンシリーズ。迷宮配信者になるとき、心配したハルちゃんのお父さんが買ってくれたものだ。


 両手につけた小手こて型の本体から次元断層を発生。あらゆる攻撃から身を守る。そういう迷宮宝具。けど――


「ん、んん――」


 ハルカが難しい顔をしてうなった。

 次元断層は物理的に壁を作ってくれる。だからこの炎も熱も完全にシャットアウトする。私たちは安全なはず……、なんだけど。

 

「は、ハルちゃん……?」

「はいな……」

「大丈夫? この炎突き抜けてきたりしないよね?」

「だ、大丈夫……やと思う、けど」


 脂汗を浮かべながらハルちゃん。

 炎はしつこく続いている。


「あかん、嫌な想像してもーた」

「ど、どうしたの?」

「いやぁ、この子……、いつまで火ィ吐きよるんかなって」


 火炎放射はすぐ止むと思っていた。

 実際、しばらく吐くと打ち止めなのか止まる。止まるのだけど、間髪入れずに別の首が火を吐きかける。首は三つ。その首が三交代で順番に火を絶やさない。


「制限時間、あるんよ……」


 ハルちゃんの装着する小手には小さなディスプレイがついて、そこには結界の発生タイムが表示されている。そのカウントはどんどん減っていく……


 え、もう2分切ってる、けど?


「リカぁ、どないしよう、どないしようぅ。こいつ、こいついつまで火吐くんよぉ……」


 無形結界は、維持している間は無敵だけど一切の身動きが取れない。このままタイムリミットが来て強制解除になれば、無防備なハルちゃんに炎が襲い掛かることになる。


「――待ってて、ハルちゃん!」


 このままじゃヤバい。

 そう判断した私は、結界の横をすり抜けケルベロスの横に陣取った。


「ワンちゃんのくせに、舐めないでよ!」


 銃を構えて、照準。バースト!


 私の迷宮宝具は、大振りの銃だ。

 曽我咲製の魔素結晶ジ・オードカートリッジ・ガン。ソガサキGM87。


 狙撃・アサルト・散弾モードで魔素オードエナジー弾を撃ち分けることができる。殺傷能力が高い銃器型は探索者の中でも人気で、これでだいたいの迷宮魔物は敵じゃない。


 ダダダン! ダダダダン! とマズルフラッシュが迸る。


「このぉ、死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえぇぇ!! ――――なんで死なないのぉ!」


 銃弾は確かに当たっている。

 なのにケルベロスはいつまでも炎を吐き続ける。


 首の一つが火を吐ききる。だけど間髪入れず、別の首が続く。私の親友、ハルちゃんに向かって。『お前のやりたいことなんて、お見通しだ』ニィと歪められた獣の目が私にそう告げていた。


 (こいつ……ッ!)


 知ってるんだ。ハルちゃんがいつまでも耐えられない事を。

 私の脳裏には、炎に巻かる親友の姿が浮かんだ。


「絶対、絶対助けるから!」


 チャージして、腰だめに構えて、もう一度フルバースト!

 顔に当てる。当てる。当てる。ダメージはある。片目がつぶれて、漿液をまき散らせる。だけれどもコイツは怯まない。気にも留めていないように攻撃を続ける。


「なんで、なんで、止まらないの!」


 ハルカが死ぬ。親友が焼かれて死ぬ。

 元々迷宮配信者をやろうと誘ったのは私だった。

 危険がある事は承知していた。だけれども、こんな事になるなんて……


「リカ、たす、たすけ、たすけてぇぇ……」


 ハルカの顔は、恐怖に引きつっていた。

 いつも朗らかで、動じない私の親友。今はひどく怯えている。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)

 

 目の前で親友が死ぬ。


 頭が真っ白になりそうなほどの焦り。考えるのを放棄しそうになるのを必死で我慢する。何か、何かないの!? ハルちゃんを助けられるなら何でもいい!


 だけど、無い。

 無いんだ。銃も効かない。ハルちゃんは結界を張ったままで動けない。素手で殴りかかっても絶対に効果なんてない。


 いっそ、私が顔に飛びかかれば――

 そう思った瞬間、三つ首の一つがギロリと私を睨んだ。


「ひっ」


 背筋が凍る。

 ケルベロスの顔が歪む「オマエハソコデミテイロ」そう言われた気がした。

 

 駄目だ。どうにかするなんて、私にはできない。

 でも、でもだからって、


(ハルカを見殺しにするなんて、できないっ)



 ――だから、私は選択する。


 銃を放棄してハルカの元に駆け寄った。


 次元断層が発生しているのは彼女の1メートルほど前方。

 これなら、解除されたと同時に思い切り突き飛ばせば、炎に巻かれずに済むんじゃない? 


「ハルちゃん。3・2・1で思い切り突き飛ばすよ。それで避けよう」

「――そ、それで助かるん? うち、死なへん? 焼かれへん?」

「わかんない。けどこのままじゃ100%死ぬ」


 ガチガチと歯をならしながらも、ハルカは頷いた。


「うん。うん。リカに任せる。リカやったらできる」


 ケルベロスはせせら笑うように、火を吐き続ける。

 遊んでいる。今この瞬間にも横から腕を伸ばせば私たちを殺せるのに、それをしない。


 あくまで焼く。それが私たちがいちばん恐怖すると知ってる。


 ハルカの守護者ガーディアンのカウントがもうすぐ0になる。

 私は、大きく深呼吸をして、ハルカから離れた。助走を取るためだ。


「――え、まって。まってまってまって。そこから押すん? 一緒に飛ぶんやあかんの?」


 私のやろうとしている事にハルちゃんが気づいたみたい。

 ハルちゃんと私の背はそんなに変わらない。同じくらいの体重のハルちゃんを突き飛ばそうとしたら、助走がいる。強い力がいる。


 けれども、力って反発するじゃない? ハルちゃんを炎の範囲外につき飛ばそうとするならば、突き飛ばした私は、その場に残る事になるよね。


「ごめんね、ハルカ」


 カウントが終わる。時間がない。やめてと叫ぶ親友の声を無視して私はハルちゃんに向けて走った。そして、思い切り突き飛ばす。


 すべてがスローモーションになった。


 突き飛ばされたハルカは、壁にぶつかった。けど、大丈夫そこなら炎はいかない。結界は消えた。その向こうから炎が迫る。さっきまでハルカがいた場所にいる私の元へ。


 熱気で肌が痛い――


(おねがい、ハルカだけでも逃げて――)


 赤い炎に身を染めながら私は願う。起き上がって。そしてすぐに逃げて。 

 熱い。炎が近い。髪の毛の先が燃えはじめる。


 あーあ、悔しいな。こんなところで死ぬなんて……

 後悔は尽きないけど、親友を庇って死ぬならばマシかもしれない。


 そう思い目を閉じ、覚悟した。


 













「そいやぁ!」


 天井が爆発した。

 崩落が起こったのか、がれきが降ってくる。


 土埃が邪魔をして、前が見えない。

 私、生きてるの? じゃあ、ケルベロスはどうなったの? あの炎は??

 咳き込みながら目を凝らす。


 アイツは死んでいた。

 真ん中の首がきれいに無くなって、胴体も大きくえぐり取られた姿で。


「やばい。クリーチャーごと掘っちまった。近くに人いなかっただろうな……」

『やってしまいましたね、アサヒ。これは迷宮ケルベロスです。深淵アビス層では中程度の雑魚ですが、取れる結晶は中々に大きいはずです』


 私は呆気に取られていた。

 腰が抜けた。力が抜けて声も出ない。

 

『ああ、まずいですよアサヒ。彼女がターゲット保持者では? 顔も見られましたね。これはLAラストアタック横取案件になりますね』

「ああ!? これ、復帰初日で大ポカってやつじゃないか……?」


 土煙が晴れたあと、ケルベロスの上に降り立った男の人は、スコップ片手に冷や汗をかいていたけれど。

 

――――――――――――――――――――――――――――――


お話をお楽しみいただけていますでしょうか。

読者の皆さまの応援が、作品の今後を変えます。

もし面白いと思ってもらえたならば、フォロー&☆評価&感想コメントよろしくお願いします!

↓↓↓

https://kakuyomu.jp/works/16817330659136812125#reviews

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る