土に残る足音

立ち入りを禁ず、と書かれたプレートが斜めになっていたのを直すと気分が良くなった。

花を大事にする園芸部の友人は几帳面なので、放っておいても彼女が直す。たまたま目に入ったので、今回は由比が直しただけだ。

彼女からお礼代わりにクッキーの袋をもらって、由比は上機嫌だ。

つまるところ、いつもよりさらに良い気分になっている。

高い場所は嫌だけれど、バンジージャンプだってできそうだ。

今日の由比は無敵である。

「帆足ちゃんが休み?」

「そうだよ。珍しいね。由比が知らなかったなんて」

教室で親友から衝撃の事実を告げられる。おそらく無敵、くらいになった。

「灯理ちゃんはお見舞いに行く?」

「体調が悪いんじゃないみたいだよ。家の事情だって聞いてる」

「そっかー」

頭の中で自分が納得する声が反響する。

無敵でなくともできることはある。メッセージアプリを使おうとすると、更新してください、の文字が中央に出た。このままでは使えないが更新するにはデータ制限が掛かっている。

「由比?」

悲壮な顔でもしてたのだろう。灯理が心配そうに由比の名前を呼んだ。

「端末借りても良い?」

「内容が私にばれても大丈夫なら」

「だよねえ」

「そうよ。ちなみに私は知りたくない」

「遠いけど、高等部のカフェに行って、無料通信使ってくるね」

中等部からはかなり離れている。利用が禁止されている訳ではないが、かなり入りづらい空間だ。灯理を巻き添えにするのも憚られて、由比は単身高等部へ向かった。

視線が痛い。他校の制服を着た不審者が紛れているようなものだ。

通報されないだけまし、という状況は不思議ではない。

「こんにちはー。失礼します」

誰にも聞かれないよう小さな声でドアの前に立つ。自動ドアの動きは遅く、由比の緊張は増した。

まっすぐ人の少ない空間へ向かうと、由比は椅子にも座らずに更新画面を確認した。

「よし」

そのままカフェの片隅で会話をする勇気は出ず、音声付きの記号を何個か厳選した。

要約するとこうなる。

「大好きだよ」

もちろんハートマークつきだ。

帆足がすぐに笑えなくても、あとで見てほんの少し頬を緩めてくれたらそれで良い。

冗談を言った時みたいに、悪ふざけを仲間内でするように、ささやかでも君の心に足せるような何かを送れたら良い。

この画面が時間差で届いて、教室で顔を赤くする帆足が目撃されるが、それはまた別の話。

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