金のルーペ

何でも見られる魔法のルーペがある。そういう噂が以前からあった。存在を信じているというよりは、雑談やなにかに時折混じるようなささやかな話題のひとつだ。だから、探そうとは思わなかったし、手に入れたいと行動することもなかった。

帆足は、そのルーペを手にして思案した。確かに本物だ。使ってはいないが、自分に流れる半神の血が、これは本物だと告げている。でも使い道は今のところない。

もったいないね、と由比ならば言うだろう。それこそ雑談の中で、紅茶なんか飲みながら次の話題にすぐ移動する合間に混じるような台詞だ。

名工か力のある妖精の作品のどちらか、あるいは両方かもしれないが、そんなとんでもないものを目の前にしても、自分たちは変わらないと容易に想像できた。

今、由比と待ち合わせをしている。これから定番のいろは庵で新作プリンを食べる予定だ。抹茶に特製ベリーソースが掛かっていると由比が熱弁していたので、おそらく美味しいだろう。帆足も甘いものは好きなのでやぶさかではない。

たまたま持ってきてしまったルーペを鞄に仕舞うと、帆足はベンチに座り直した。ペンキは塗り替えたばかりらしい。真新しい光沢の茶色だ。木目は残るが仕上がりは美しい。じっとベンチを見ていると頭上から声がかかった。

「帆足ちゃん、なに見てるの?」

不思議そうに首を傾げる由比を見上げて、帆足は微笑んだ。

「あら、遅かったじゃない」

「部活の雑用頼まれちゃって、本当にごめんね。お詫びに今日のプリンはご馳走します!」

「ありがとう」帆足は素直に礼を言った。

「それで、なに見てたの?」

「見ていたら、なにか見えるかと思って」

「えー。もしかしてお化け?」

「残念だけど、違うわ。便利な道具があって、それで見たらどう見えるのか想像しただけよ」

「眼鏡か顕微鏡?」

「そうね。そんなところ」

「眼鏡といえば、音積くんだよねえ」

「顕微鏡といえば私でしょう?」

「今、帆足ちゃんを省いたわけじゃないからね。当たり前過ぎて言う言葉にならなかったの。それだけだから」

慌てる由比を微笑ましく思いながら、帆足は立ち上がった。

「行きましょうか」

使わない道具もある。使ったらどうなるか想像はするけれど、便利さを当たり前だと思うのは少し怖かった。

言わない言葉もある。たぶん、このルーペで由比を見たらその言葉も分かるのかもしれない。けれど帆足はしない。これは怖いからではなく、いつか直接、本人から聞きたいからだ。

そう思うことくらいは、自由ままならないこの身でも許される。

数歩歩くと日の光が遮ることなく届いて、しまったはずのルーペが金色に光る。

なんでも見られるよ、と誘惑の声がした。

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