月光を浴びないまま
陽の光を浴びないのは体に悪い。
休日の昼過ぎに目を覚ましたら雨だった。妖精が珍しい雨にはしゃぐ様子を想像すると、寝起きの体は少し軽くなった。単純なものだ。自分の体だから当然とも言える。
テレビで明日の天気を確認したら、夕方から晴れるそうだ。月くらい見られるかな、と由比はベランダに出た。星の名前の付いたマンションで、夜空を見上げるのは洒落ている。帆足なら肯定してくれるだろう。
メールに目を通して、ペットボトルの水を飲む。体が言うこと聞くように、そっと念じた。いつも空腹だ。半分の血の妖精ではんぶんこ。自分の細胞は食べ物を常に必要としている。そう理解しろ、と人生の先輩には言われた。納得する前に腹の虫が鳴って、気まずい思いをした。笑われても嫌ではなかったが、恥ずかしい。そう見えていなくても考えている。
(僕だって、僕ならば、僕しか)
言いにくい言葉を選ぶことは少ない。こう見て欲しい自分像くらいは持っていて、要は格好をつけている。よく見られたいと思うことがある。
夕日が見えてきた。空が色を変えていく。もったいないくらいだ。腹は満たされないが、胸はいっぱいになった。毎日少しずつ変わる空を見上げて、違いがわかるわけではない。ちょっとだけ違う気がして、満足する。日常を違う角度で見る瞬間の特別な気持ちだ。
(そんな気がするだけなんだけど)
そして、幸せな気持ちの時に思うのは、帆足が今どうしているかだ。
いくら好きでも常に一緒にいることはない。
だから、由比は電話をかけた。
呼び出し音は数回鳴って、帆足の声がした。
「どうしたの、珍しいわね」
「今日は夜晴れるんだって」
「そうね。もう淡い月が見えているわ」
「ほんとだね」
「見たいものがあるの?」
「月と星と帆足ちゃんかな」
「あら」
「うちのマンション、名前の通り、屋上に望遠鏡があるのは知ってるでしょ。毎日行くほどじゃないんだけど、今日はいいかもなあって」
「そうね。よく見えそうね」
「一緒に見ようよ」
「ええ、もちろん」
約束をする。きっと今日は素敵な1日でしたって、日記に書けるだろう。
君がもし来られなくても、やっぱり素敵な1日には変わりない。明日会えるか、明後日会えるか。今生の別れってこともないだろう。
通り過ぎた道にも昔の君がいた。想像して、一度も立ち止まらなかったことを残念に思う。会釈したら良かったのだろうか。声をかければ届いたのだろうか。始まりは遅くて、いつまで続くかはわからない。
水を飲んで空腹を紛らわせる。いつも食べる必要はない。
(僕にだって、そういう日くらいある)
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