草々

ことぼし圭

日々草と並ぶ


 夏は近い。

 墓場の横の駐車場には日々草が仲良く並んでいる。夏前に一度は手入れをしたようで、雑草のほうが背は低い。これから追い越されるだろう。

 横にいない由比の背丈を思い出して、帆足は深呼吸をした。知人の命日だった。ただそれだけで、死が近く感じられる。最後に何を見たのだろう。何を思ったのだろう。生涯が終わるとなにが待っているのだろう。

 死神に知り合いはいるが、教えてはもらえなかった。運ばれた魂とやらがどこに向かうのかそれさえ知らない。

 感傷的だと自分でも思う。ここを離れたらきっと忘れてしまって、日常に戻るのだから帳尻は合うだろう。

 過ぎたことを思ったり、起きなかったことに思いを馳せたり、人間らしい感傷だ。血の大半は神なので、半分以上は帆足の想像だった。

 生まれや育ちで区別されること。できて当たり前だと人に思われること。重たい石でも荷物に紛れているのではないか、とすら思う。その石が役にたつ可能性を考える、と由比ならば笑うかもしれない。

 誰かの笑顔が見たい。誰でもいいから目の前で笑ってはくれないだろうか。負の感情を抱えて漠然と感じる。

 迎えの車が来た。帰らなければならない。日常へ。あるいは由比の近くへ。

 今も笑っていてくれるだろうか。陽だまりの傍や、暖かい場所や、心の休まるどこかで。そこに少しでも近づけるように、帆足は墓地を振り向かなかった。

 どうか安らかに。

 心が落ち着けば、世界は穏やかなものになる。

 電子音が鳴って、携帯端末が震えた。電話に気が付かないことが多いので、上着のポケットに入れてある。

 すぐに出ると、一番に聴きたい声がした。

 それだけで体にまとった感傷は霧散して、代わりに暖かな気配がする。

 大丈夫、と念じると懐かしい笑い声が通り過ぎた。

 今日は悪くない日だ。

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