第228話 犬猿の仲


 俺はリーシャに足を掴まれ、引っ張られると、沈んでいくスピードが速まっていく。


『早く来ーい……』

「離せー!」


 亡霊めー!


「なんか楽しそうですね」

「仲が良いんですよ」


 シルヴィとマリアが呆れていると、俺は完全にマリアの下に沈んでいった。

 すると、目と鼻の先にリーシャのクソ美人な顔があった。


「急にお前の顔を見るとびっくりするな」

「なんでよ?」

「いや、顔面100点だなーっと」

「ふん! あなたって顔しか褒めないわよね!」


 リーシャが頬を染めながらぷいっと横を向く。


「マリア様ー、下でイチャついてますよー」

「そうなんですか? 抜け駆けです!」


 マリアが憤慨する。


「いや、あなたは昨日、ロイドと寝てたでしょうが……」


 リーシャが見上げながら睨んだ。


「こっちの声は聞こえないらしいぞ」

「そうなの?」


 リーシャが俺を見てくる。


 うーん、近い……


『シルヴィ、リーシャが近いんだけど、もう少し空間を広くできないか?』

『できますよー。でも、近い方が良いでしょ? なお、この念話は私と旦那様のみです』

『まあ、このままでいいわ』


 うん、美人だ。


「らしいぞ。リーシャ、上がろう」

「そうね。だいたいわかったわ」


 俺達は順番にマリアの影から出る。


「奇妙な体験だったわ」

「だろ?」

「あのー、私は寝てもいいですかね? 目が痛いんですけど……」


 俺とリーシャがマリアの影から出ると、シルヴィが聞いてきた。


「寝ろ」

「そうね。ご苦労様」


 俺とリーシャが許可を出すと、シルヴィが俺のベッドに行き、メイド服のまま横になる。


「方針が決まったら起こしてください。それではおやすみー」


 シルヴィはそう言うと、掛け布団を被った。


「さて、リーシャ、どうだった?」


 俺は椅子に腰かけながら聞く。


「そうねー……これならいけるかもね。影に潜りながらマリアと念話できるのは良いわ。アドバイスもできるし」

「じゃあ、この案で良いな?」

「マリア、大丈夫?」


 リーシャがマリアに確認する。


「はい。私もそれでいいと思っています。さっさと終わらせて、平和な日々を過ごしましょう」


 マリアは良い子だなー。


「わかった。じゃあ、その案でいきましょう……シルヴィ!」


 いや、寝かせてやれよ……


「寝てまーす。昼まで起こさないでくださーい……」


 布団の中からくぐもったシルヴィの声が聞こえてきた。


「情けないわねー……」


 お前が言うな。


『旦那様ー、いびりですよー。助けてー』


 シルヴィから念話が届く。


『いいから寝ろ』




 ◆◇◆




 俺達が話を終え、お茶会を再開すると、昼になった。

 すると、俺のベッドで寝ていたシルヴィが掛け布団をどかし、上半身を起こす。


「おはよう」


 俺はまだ眠そうなシルヴィに声をかけた。


「おはようございます……」

「シルヴィさん、メイド服で寝ると、シワになっちゃいますよ」


 マリアが忠告する。


「あー、そうねー……後で着替えるか」


 どうでもいいけど、こいつ、完全に素だな。


「親父さんは元気か?」

「何を言っているんですか、殿下。お父様は…………よいしょっと」


 シルヴィは途中でしゃべるのをやめ、ベッドから降りた。


「さてさてー、皆さん! 結論は出ましたかー?」


 シルヴィが何事もなかったかのように笑顔で聞いてくる。


「俺とリーシャがマリアの影に隠れて、マリアを潜入させる。お前はマルコに話して、上手い具合に調整しろ」

「かしこまりー!」


 シルヴィは服や髪を整えながら慌てて、部屋から出ていった。


「殿下、シルヴィさんやシルヴィさんのお父さんを知っているんですか?」


 マリアが聞いてくる。


「もちろん知っている。シルヴィ・イーストン……俺の又従姉だな」

「イーストン…………ひえ! イーストンって先々代の王妃様を出した公爵家じゃないですか! 何をしているんですか!?」

「あそこはああいう家なんだ。エーデルタルトの暗部だな」


 ちなみに、同じ公爵の位を持つスミュール家とは死ぬほど仲が悪い。

 先々代王妃、つまり俺の祖母を王家に嫁がせたことが原因だ。

 本来ならスミュール家から王妃を出す予定だったのに色々あって、なくなってしまったのである。

 それらが尾を引いて、今でも両家は非常に仲が悪い。


「うわー……リーシャ様が嫌っている理由がよくわかりました」

「あれはイーストン家の者ではないわ。イーストン家のシルヴィはとっくの前に死んでいるもの。だからあれはシルヴィを語る偽者でしょう。殺すべきね」


 殺したいらしい。

 本物だってわかっているくせに……


「落ち着け、リーシャ。そんなに嫌いか?」

「前も言わなかった? あの媚び女がロイドを見る目は泥棒猫よ。それに子供の頃に会ったことがあるけど、クソ女だったわ。人のことを頭がおかしいって言ってきたし」


 それは今でも言っている。

 いっつもあたおか女って呼んでるし。


「あのー、スミュール家とイーストン家の仲が悪いのは私も存じていますが、ここはひとまず置いておきましょう。それよりも、そもそもなんてシルヴィ様がここにいるんですかね? 陛下が送った?」


 マリアが話を逸らしつつ聞いてくる。


「さあな。あいつがそれを言う気がないっぽいからわからん。でも、わざわざここまで連れてくるくらいだからな」

「うーん…………まあ、イーストン家のシルヴィ様が殿下に害をなすことはないか…………陛下の命による追手だったらとっくの前に連行されているでしょうし」


 どうかねー?

 イーストンの命か、シルヴィの独断か……

 まあ、わからんわ。


「そこはいいわ。今は潜入して、敵の排除だ。それとマリア、シルヴィに様付けはいらんぞ」

「え? でも、公爵家ですし」

「お前は王族だ。マリア・ロンズデール」

「そうよ、マリア。あんな媚び女は呼び捨てでもいいくらいよ」


 リーシャも俺と同意しているが、ちょっと私怨が入っている気がする。


「公爵家をかー……身分差の結婚が難しいのってこういう時に感じますよ」

「そんなもんはすぐに慣れる」

「ですかねー……」


 うーん、マリアは無理かもな……

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