第225話 ついていい嘘ってあるんだね


 宿屋に入り、休んでいると、夕食に時間となった。

 受付にいたおっさんが夕食を持ってきてくれたのだが、パンと豆のスープだけだった。


「何これ?」

「教会の食事を思い出しますね」


 えー……


「味の良し悪しは置いておいても単純にお腹が膨れないでしょ」

「ですねー。ひもじかったです。何度も実家に帰ろうと思いました」

「苦労したのねー。いくら男爵の家とはいえ、実家に帰れば何不自由なく暮らせたでしょうに」


 男爵とはいえ、貴族だもんなー。

 それにフランドルはぶどうやワインで儲けているから男爵家としてはかなり金持ちなはずだ。

 それこそたんまり賄賂を払えるくらいには……


「回復魔法を覚えたかったんですよー。それだけで価値がありますからね。殿下が寝ている時に急病になったり、ベッドから落ちてもすぐにヒールができます。ね? 優良物件」


 まあね。

 病気はありえると思うが、ベッドからは落ちないけどな……


「なるほど……そういうことも評価に繋がるわけね。私は侵入してきた敵を斬れるわ」


 侵入された時点でアウトだけどな。

 あと、ベッドに剣を持ち込むのはやめてほしい。

 怖いし。


「どうでもいいアピール合戦をするな。俺だって敵を燃やせるわ」

「あなたもしてるじゃないの…………ねえ、ロイド、缶詰出してよ」

「私も欲しいです」


 俺も。


「そうするか……」


 俺は残り少なくなってきた缶詰をいくつか出し、テーブルに置く。

 そして、一気に豪華になった食事を食べると、さっさと休むことにした。


 夜、ふと目が覚めた俺は両隣のベッドで寝ているリーシャとマリアを起こさないようにそーっとベッドから降りる。

 そして、窓からベランダに出た。


 かなり遅い時間らしく、外は真っ暗で静かだ。

 俺は少し肌寒い中、備え付けてあるベンチに腰かけ、ぼーっと真っ暗な町を見続ける。


「殿下?」


 ふと声がしたので後ろを見ると、寝間着姿で髪が跳ねているマリアが立っていた。


「起きたのか?」

「はい。嫌な夢を見そうになる予感がしたので殿下のベッドにお邪魔しようと思ったらいなかったので……」


 墜落の夢か……

 俺は最近見なくなったな。

 一度、夢でマリアを見捨てずに助けようとして以来、あまり見なくなったのだ。


「こっち来い」


 俺がマリアを手招きで呼ぶと、マリアが嬉しそうな顔で俺の隣に座る。


「風邪引きますよー」


 マリアが何を言いたいかわかったため、マリアの肩を掴み、抱き寄せた。

 すると、マリアも手を回し、抱きついてくる。


「リーシャは?」

「スヤスヤと寝ています」


 相変わらずか……


「お前、今回のことをどう思う」

「私が教会に潜入すればいいと思います」


 やはりそれを考えていたか……


「リーシャも言っていたが、却下だ」


 リーシャもシルヴィのあの意味ありげな目線にもマリアが考えていることもわかっていた。

 だから反対した。


「大丈夫ですよー。ちょっと探るだけです。それにシルヴィさんが護衛してくれるでしょ」


 まあ、そのためのシルヴィなわけだが……


「シルヴィ」


 俺が暗闇の町に向かって声をかけると、暗闇からシルヴィが飛んできた。

 シルヴィはくるっと一回転しながらベランダに着地すると、跪いたまま見上げてくる。


「お呼びで?」

「どうでもいいが、なんでパンツが見えないんだ?」


 シルヴィはいつものスカートの短いメイド服だ。

 そんな格好で前に一回転したからスカートの中が見えるはずなのに見えなかった。


「幻術です。恥ずかしいですし……」


 なら、そんな格好をするなと思う俺はおかしいのだろうか?


「まあ、お前のこだわりとキャラづくりはどうでもいいわ。話は聞いていたか?」

「もちろんでございます。始まったら部屋でしてくださいって言うために待機しておりましたので」


 下世話なメイドだなー。


「シルヴィ、お前はどう思う?」

「私はマリア様の考えに賛成です。一番楽なのは本来、ここに来るはずだったマリア様が潜入することです」

「危険だろ。マリアが身体を要求されたらどうする? ヒール地獄もダメだぞ」


 絶対にダメ。


「普通に拒否すればいいですよ。その辺はマルコさんに手を回してもらいましょう」

「できるのか?」

「まあ、大司教様なんで……」


 そういやそうだ。

 まったくそうは見えないが、ナンバー2だったな。


「うーん、でもなー……」

「でしたら旦那様もついていけばよろしいかと」


 ん?


「どうやって?」

「ふふふ。こうやって……」


 シルヴィが怪しげに笑うと、シルヴィがベランダの床に沈んでいく。

 そして、首から上の状態で止まった。


「相変わらず、不気味だな」

「……これ、何ですか?」


 マリアもちょっと引いている。


「こういう魔法です。これを使ってマリア様の影に隠れましょう」

「俺は使えんぞ」

「ご安心を。私が使います。よっこらせ」


 首だけのシルヴィは腕を上げると、登ってくるように足をかけて、姿を現した。


「旦那様、マリア様の身体を楽しんでいる時にすみませんが、立ってください」

「言い方がいちいち下世話だな」


 俺はマリアから離れると、立ち上がる。


「マリア様の正面にお立ち下さい」


 そう言われたのでマリアの正面に立ち、マリアを見下ろす。


「では、旦那様。行きますよー。えいっ!」


 シルヴィがわざとらしい掛け声を言うと、俺の身体が徐々に沈みだしていった。


「おおー……すごい」


 沼に沈んでいくようだ。


「ああ……殿下がついに地獄に堕ちていくみたいです」


 マリアが悲しそうな顔でひどいことを言ってくる。


「お前、そういうところがあるよな……」


 俺が呆れながらマリアを見ていると、徐々に沈みだし、ついには完全に床の下に沈んだ。

 だが、1階に沈んだという感じではなく、あくまでもマリアの下にいる感じだ。


「シルヴィ、これどうなってんの?」

「旦那様、まずですが、今、旦那様がしゃべっても上には聞こえておりません。私は念話が使えますので旦那様がおっしゃっていることが伝わりますが、マリア様には聞こえていません」


 マジ?


「マリアのばーか」


 マリアの悪口を言ってみたのだが、マリアは微動だにしない。

 本当に聞こえていないようだ。


「マリア様、旦那様が愛してるとおっしゃっています」


 おい!


「えー……えへへ、そうですかぁー?」


 あれ?

 マリアのはにかんだ笑顔を見ていると罪悪感がすごいぞ……

 恐ろしい魔法だ。


『私のせいにしないでください。本当のことを伝えましょうか?』


 やめて。

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