第214話 水の神殿
式の日取りが決まってから3日が経った。
すなわち、今日はその式をする当日である。
俺は朝早く起きると、両隣のベッドを見て、リーシャとマリアが珍しく先に起きていることに気が付く。
2人は水の神殿が見える窓からずーっと水の神殿を眺めていた。
「お前ら、寝たか?」
俺はベッドから降りると、2人に近づきながら聞く。
「寝た」
「眠れなかったです」
「……やっぱり私も眠れなかった」
若干、一名ほど嘘をついているものの普段はシーツにしがみついているリーシャがこんなに早く起きるということは思うところはあるのだろう。
「別にトチってもいいからな。誰も見てないし」
「私がミスをするわけないでしょ」
「私はちょっとヤバいです」
完璧超人は置いておくとして、マリアは寝てないもんなー。
「気にするな。どれだけトチろうと結果は変わらん。お前は晴れて2号さんだ」
「おー。冗談が本当になるんですねー」
「そうだ。偉大なるロンズデールを名乗るといい」
「そうか……ロンズデールになるんですね」
マリアが再び、水の神殿を見る。
「準備をするぞ。いつまでも見てないであそこに行こう」
「はい。殿下、こんな私をもらってくれてありがとうございます」
「はいはい。そういや、フランドルには手紙を送らないとマズいなー」
「そういえば、まったく報告していませんね」
そもそもエーデルタルトの情報が入ってこないからなー。
ジャックがエイミルから戻ってきたら調べさせるかね?
そのついでにスミュールとフランドルへの手紙を託せばいいか。
「事後報告でいいな。お前の親父は絶対に反対するだろうし」
「そう思います」
フランドルが嫌なのは俺の家柄が高すぎることだ。
男爵であるフランドル家とはまったく釣り合っていない。
そんなマリアを側室に迎えると言ったら絶対に反対してくる。
だから既成事実を作ってしまえばいい。
「さて、朝食でも食べるか」
「私はいいわ。最後の抵抗をする」
「私もいいです」
こいつらはここ数日、ロクに食べていなかった。
要は少しでも痩せたいということであり、男にはこれっぽっちも理解できない感情である。
「果物くらいは食べておけ。倒れるぞ」
結婚式で新婦が倒れたり、フラつくのは滅多にあることではないが、まったくないというわけではない。
エーデルタルトの結婚式は礼儀作法がガチガチなため、男のミスは許されない。
だが、女は仕方がないと言われている。
何故なら、俺の婆さんが式終了直後に倒れたから……
もっと言うと、ひい婆さんも倒れた。
両者共に式の前の数日間は水以外を断固拒否していたらしい。
しかも、それを止めようとした者にナイフを向けたと聞いている。
マジでバカだ。
「うん……」
「じゃあ……」
2人が渋々、納得したので食堂に向かった。
食堂に着き、軽食を食べ終えると、部屋に戻り、最後の準備をする。
すると、ノックの音が聞こえてきた。
『ロイド、リーシャ、マリア。時間になりましたが、準備はできましたか?』
この声は伯母上だ。
俺はとっくの前に準備を終えていたのでリーシャとマリアを見る。
「大丈夫よ」
「私もです」
2人が頷いたので扉まで行き、扉を開いた。
「伯母上、もう大丈夫だそうです」
「そうですか。では、来なさい」
俺達は伯母上についていき、城の裏に回る。
城の裏は船着き場になっており、伯父上とヒラリーとマイルズが待っていた。
「おはよう、ロイド。今日はお前にとって最良の日となることを願っている」
すっかり元気を取り戻した伯父上が挨拶をしてくる。
「そうですね。ご覧のように太陽も我らを祝福してくれます」
今日は雲一つない晴れだ。
なお、雨の日は我らがエーデルタルトの主が感動の涙を流しているだのなんだのって言う。
まあ、要は何でもいいんだ。
「そうか。ここから先はお前達だけで水の神殿に向かってもらう。向こうに着いたら侍女達の指示に従え」
「わかっています」
「では、我らは会場で待っているから行ってこい」
水の神殿に行くのは俺達3人だけだ。
そこで夫婦の誓いをし、城に戻って披露宴という名のパーティーをする。
普通は親族も水の神殿に行くのだが、俺達がウォルターにいることは内緒なので話し合いでこうなった。
当然、披露宴も身内だけである。
「よろしくお願いします」
俺は伯父上に頭を下げると、リーシャとマリアと共に船着き場にある小型船に乗り込む。
すると、すぐに船が水の神殿に向かって出発した。
俺達が乗った船は湖を進んでいるが、湖なだけあって揺れ一つなく進んでいってる。
そして、徐々に水の神殿に近づいていった。
「近くで見ても幻想的できれいね」
「そうですねー」
まあ、きれいとは思う。
俺達は水の神殿を眺めながら到着を待つ。
そして、船が水の神殿の裏の船着き場に着いた。
俺は先に降り、リーシャとマリアに手を貸す。
2人も船から降りると、2人の侍女が俺達のもとにやってきた。
「ようこそ、水の神殿へ。こちらへどうぞ」
一人の侍女がそう言って、神殿の中に案内してくれる。
神殿に入ると、すぐに通路が左右に分かれていた。
「では、リーシャ様とマリア様はこちらの者についていってください。ロイド様はこちらです」
俺は指示された通りにリーシャとマリアと別れ、左に向かって歩いていく。
「お前、シルヴィだろ」
俺は前を歩く侍女に声をかけた。
「顔が違いますよー」
シルヴィじゃん。
「いくらでも変えられるだろ」
「ふふっ。よくわかりましたねー」
朝から姿が見えないと思っていたが、こっちにいたか……
「何してんだ?」
「ちょっとアドバイスをと思いましてね」
アドバイス?
「そんなもんは後にしろよ。神聖な神殿にまで来るな」
「いえ、このタイミングしかないんですよ。さすがに今日はこれ以降、お邪魔をするわけにはいきませんのでねー。あたおか女に斬られます」
「まあいい。アドバイスってなんだ?」
聞いておこう。
こいつが間違ったことを言ったことはない。
「式が終わった後でも披露宴が終わった後でも夜の寝る前でもいいです。必ず、感謝の言葉を言いましょう。それでこれまでの旦那様の失態も帳消しです。何せ、エーデルタルトの女はめんどくさいと言われていますが、要は愛されたいだけのチョロ女共ですから」
「ふーん、お前もそうなのか?」
「その話はやめましょうか。今はリーシャ様とマリア様だけをお考えください…………こちらです」
シルヴィがとある部屋の前で足を止めた。
そして、扉を開いて、中に入ったので俺も続く。
部屋は化粧室になっており、鏡やテーブルが置いてある。
要はここで着替えるのだ。
「旦那様の衣装はこちらになります。リネット妃が頭を悩ませて決めた衣装になります」
「そうか」
これでいいかと聞かれて、なんでもいいよって答えたのを思い出し、ちょっと自己嫌悪だ。
「伯母上に悪いことをしたなー」
俺はそう言いながら服を脱ぐ。
「そう思われるなら後で感謝の言葉でも伝えてください」
シルヴィは俺が脱いだ服を受け取りながら忠告する。
「そうするわ」
感謝の言葉ばっかりだな。
まあ、当たり前なんだけど。
「リネット妃はなんであそこまでしてくれるんです?」
シルヴィが聞いてくる。
「どういう意味だ?」
「いえ、他意はないんですが、リネット妃は旦那様と血が繋がっていません」
そりゃな。
確か、ウォルターの有力貴族の家の出なはずだ。
「伯母上は俺の母に仕えていた侍女だった。だから気にかけてくれているんだろう」
そこで伯父上と出会っているはずだ。
「へー……侍女? あの方の家は侯爵では?」
詳しいな、こいつ。
「侍女という名目だったが、実際は魔法の弟子だ。俺の母も伯母上も優秀な魔術師でもある」
「なるほどー。リネット妃からしたら旦那様は甥っ子かつ、師匠の子に当たるわけですね…………いや、絶対に感謝の言葉を言うべきです」
だよな……
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