第210話 シルヴィ
伯父上と式の予定を決めてからは色々とやることが増えていった。
指輪を選んだり、衣装を選んだりと大変だ。
まあ、それ以上に女2人は大変だと思う。
今日もリーシャとマリアは伯母上に連れられて、どこかに行ってしまった。
俺はこの日はやることがなかったので、ベッドに横になりながら一人寂しくジャックの本を読んでいる。
そうしていると、ノックもなく、ドアがゆっくりと開かれた。
「なんだ?」
俺は本を置き、扉の方を見る。
すると、メイドのシルヴィアが立っていた。
「失礼します」
シルヴィアは部屋に入ってくると、俺のもとにやってくる。
「何か用か?」
「いえ、お一人だと寂しいかなと思いまして……」
「なんだ? お前が慰めでもしてくれるのか?」
「旦那様がそれをお望みなら…………」
シルヴィアはそう言いながらベッドに上がり、俺にしな垂れかかってきた。
「お前、何がしたいんだ、シルヴィ?」
俺がそう呼ぶと、シルヴィアが一瞬、自分の顔に手をかぶせる。
すると、シルヴィアの顔がどこかの宿屋の娘の顔に変わった。
「よく私がわかりましたね? ちゃんと変装していたのに」
シルヴィはそう言って、微笑んでくる。
「いや、隠す気ないだろ。シルヴィアって……」
ほとんど一緒の名前だろ。
しかも、スカートが短いし……
格好がどっかの似非メイドと一緒だ。
「旦那様がシルヴィの名を普通って言うから足してみたんです」
いや、意味ない。
「どうでもいいわ。それより、よく侵入できたな?」
「ここは楽ですよ。なにせ、城を取り仕切っているヒラリー様は城の者に興味を示しませんから。優秀な政治家ですが、典型的な人を数字で見るタイプの政治家ですね」
まあ、そんな感じはする。
「お前さー、何がしたいの?」
「何でしょうねー?」
シルヴィは微笑みながら俺の頬を撫でてきた。
「リーシャに殺されるぞ」
「殿下が黙っていれば問題ないですよ」
「俺がお前を抱くわけがないだろ」
「またまたー……この顔がお好きなくせに。だからこの顔でいるんですよ?」
本物のカトリナの知らないところでカトリナの尊厳が傷ついているな。
「シルヴィ、レナルド・アーネットを知っているか?」
俺は奴隷狩りのメンバーだった元テール貴族のことを聞く。
「ええ、存じております。あのクズ男はどうなりました?」
「リーシャに首を刎ねられた」
「ふふっ。さすがはあたおか女。とんでもないことをする。あの男は本当に強いんですよ?」
まあ、強かったな。
「お前が雇った刺客か?」
「御冗談を……殿下の忠実なるしもべである私がそんなことをするわけがないでしょう?」
そもそもしもべにした覚えがないんだが……
「やはり伯父上に呪いをかけたのは教国か……」
伯父上やヒラリーはミレーと考えているようだが、俺はそうは思わない。
何故なら、ミレーの場合はそんな悠長なことをしないからだ。
ウォルターはたとえ、伯父上が死んでもヒラリーがいる。
もちろん、マイルズもいる。
王が代わり、国が揺らぐ場合は急に代わった時だ。
今回みたいなゆっくりの場合はしっかり死後の対策を練られるから簡単には揺らがない。
ましてや、次期王はマイルズでほぼ確定している。
「殿下は賢いですねー。素晴らしいです」
「教国の狙いはミレーとの仲違いか…………何故、ウォルターを狙う?」
ウォルターは別に教国と敵対していない。
それにエーデルタルトやテールのような強国というわけでもない。
「それはここがエーデルタルトの同盟国だからですね。エーデルタルトと教国の間にはテールがあります。そして、テールの後ろに教国があり、教国の後ろがここです。この位置関係が教国としたら怖いんですよ。だって、エーデルタルトがテールを滅ぼしたら自分達の国はエーデルタルトとその同盟国であるウォルターに挟まれることになるんですから」
「まさか、教国は自分達を滅ぼすためにはエーデルタルトがウォルターと同盟したと思っているのか?」
「はい。その通りです」
情勢が読めていない奴らだな……
「エーデルタルトがウォルターと同盟を結んだのは連合を組まれるのを阻止するためだぞ?」
エーデルタルトは強いが、その分、他国に危険視されている。
しかも、それでいて嫌われているから他国同士が組んで対エーデルタルト連合を組まれる可能性があったのだ。
だからそれを阻止するためにエーデルタルトの最大の敵対国であるテールの背後にあるウォルターと婚姻による同盟関係を結んだのだ。
これはエーデルタルトからしたらかなり譲歩した同盟である。
何故なら、同盟の条件がウォルターから出した姫をエーデルタルト王の正室にすることだったからだ。
これはウォルターの王族の血筋の者がエーデルタルトの次期王になることを意味し、ウォルターとしたらエーデルタルトにおける存在感や発言力が強くなることになる。
すなわち、その正室が俺の母であり、次期王がウォルター王家の一族である俺である。
「そんなものは宗教家にはわかりませんよ。あいつらは人から物を搾取することしか頭になく、考える力がありませんから」
教国の人間であるシルヴィは自虐的に笑う。
「アホだな。エーデルタルトは教国なんて眼中にないのに……」
「ふふっ、どうですかねー?」
こいつ、何かを知っているな……
「シルヴィ、ヘレナのことは何か良い案が浮かんだか?」
俺がそう聞くと、シルヴィが起き上がり、ベッドから降りる。
そして、頭を下げた。
「申し訳ございません。色々と考えましたが、やはり無理です。どのように対応しようが、最終的にはアシュリー様が出てきます」
やっぱりかー……
ヘレナをどう言いくるめようが、叔母上が出てくるイメージしかない。
「4歳かー……」
「先の話ですよ。こうなったらあちらをどうにかするより、あたおか女を説得する方を考えた方がいいでしょう」
「マリアは?」
「マリア様は問題ないです。あの方はアシュリー様を敵に回すことは致しません」
リーシャは回すか……
「めんどくさいなー」
「妻を泣かす男は男子にあらず、なんでしょ」
こいつ、いっつも盗み聞きしてるなー……
「まあいい。ご苦労。次の仕事を頼むわ」
「何でしょう?」
「リーシャとマリアの誕生日を調べろ」
「…………え? ご存じないんですか?」
さすがのシルヴィも驚いた表情になる。
「多分、リーシャは冬ぐらいだったと思う。何度か誕生会に出席したからな。だが、日にちは忘れた」
「旦那様、それは非常にマズいかと思います。女性は記念日を大事にします。ましてや、夫が自分の誕生日すら知らないのは離縁案件です」
「わかっている。だから調べろと言っているんだ」
反省はした。
大事なのはこの失敗を繰り返さないことなのだ。
「…………かしこまりました。すぐにでも調べます」
シルヴィは信じられない者を見る目をしながらも頷いた。
「さて、シルヴィ。お前は俺の味方か? 敵か?」
俺は本題に入ることにした。
「もちろん、味方でございます。忠実な下僕ですからね。旦那様がお望みなら何でも致しましょう」
「では、伯父上に呪いをかけた者は誰だ?」
「当然、教国の刺客です。国王陛下の御付きのメイドですね」
確かに伯父上の寝室にはメイドが2人いたな……
「お前は?」
「私の仕事は暗殺ではなく、密偵です。色々と調べているんですよ。たいした情報がないですけどね」
「ふーん……俺のことを教国に流したか?」
「それは仕方がないでしょう。もう一人いるんですから」
まあ、隠せんわな。
普通にメイドも俺を見ているわけだし。
「おかげでレナルドとかいうのに襲われたわ」
やはりあれは教国の刺客だ。
あれほどの男が奴隷狩りの仕事なんてするわけがない。
「あたおか女が倒したんでしょ。私は悪くないです」
「ふーん、まあいい。さて、行くか……」
俺はベッドから降りる。
「どちらに?」
「伯父上のところに決まっているだろう。ついてこい」
「かしこまりました」
俺はシルヴィと共に部屋を出ると、伯父上の寝室に向かった。
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