第206話 ばいばーい
俺はカサンドラからラウラの手紙を受け取ると、カバンにしまった。
「ヒルダ、少しいいか?」
俺はティーナの事を話すことにする。
「ん? 改まってなんじゃ?」
ヒルダが首を傾げた。
「ティーナをもらうわ」
「ハァ!? 何を言っとるんじゃ、おぬしは!?」
ヒルダが立ち上がって怒鳴る。
「…………殿下、殿下! 嫁にもらうみたいになってますよ!」
マリアが小声で大きな声を出すという得意の秘技を使って忠告してきた。
「あー……そういう意味じゃない。リーシャが侍女に雇いたいってことでティーナも了承しただけだ」
「なんじゃ、そういうことか…………いや、待て! 何故じゃ!?」
ヒルダは一度、落ち着いて座ったが、再び、立ち上がった。
「ティーナも是非にと言っている」
「何故じゃ、ティーナ。よりにもよって、こんなロクでもない者共に仕える気か!?」
ロクでもない者は言いすぎ。
お前らと大差ないわ。
「リーシャ様は大変立派な方です」
ティーナが頷きながら微笑んだ。
大丈夫か、こいつ?
「ティーナが壊れた? おぬし、何かの魔法をかけたか?」
ヒルダが疑いの目で見てくる。
「失礼な奴だな……別に給金が金貨60枚なだけだ」
ほぼ金目当て。
「ろ、60!? 年か!?」
「月」
「月で金貨60、じゃと!? 妾の小遣いよりも多い……」
お前の小遣い安っす……
「そういうわけでもらうな」
「うーん、まあ、ティーナが納得しているなら妾に止める権利はない…………ないが……おぬしらか……」
すげー納得してない。
「普通の侍女だから安心しろ」
「まあ、ティーナなら嫌なら逃げ出すか…………すぐにウォルターに連れていく気か?」
「いや、ティーナも一回戻って家族への説明があるだろうしなー……それにお前の護衛の仕事が残っている。ベンだけでは無理だろう」
別にベンが無能なわけではない。
女性の護衛をする場合はトイレや寝る時のことがあるから絶対に女性の護衛が必要になるのだ。
リーシャもそういう意味でティーナに目を付けたのだろう。
「わかった。納得はできそうにないが、妾としては止めることはできない。ティーナが思うようにすればいい。妾達の国であるヒスイは自由を謳う国じゃ」
こいつらの国にもそういうのがあるんだな……
ウチにもある。
エーデルタルトは栄光と高潔。
ちなみに、ウォルターは誠実だ。
まさしく、俺のこと。
「じゃあ、そういうことで。俺達はスミスに寄ってからウォルターに帰るわ」
「そうかそうか。早く帰れ」
ヒルダがしっしっと手で払ってくる。
「ロイド」
リーシャが俺の名を呼ぶ。
「わかってる。ティーナ、聞いた通り、お前は一度、国に帰れ」
「そうね。確かにヒルダ様を連れて帰らないといけないし、家族に説明しないと……」
「ララによろしくな。あと、これ」
俺はカバンから袋を取り出すと、ティーナに渡した。
「何これ……って重っ!」
袋を受け取ったティーナがバランスを崩しそうになる。
「支度金だな。ヒスイからウォルターに行くまでに金がかかるし、実家のこともあるからお前が良いように使え。普通は親に渡すがな」
俺がそう言うと、ティーナが袋の中を覗く。
「金貨しか見えないんだけど……?」
「どこの世界の貴族が支度金に銀貨を渡すんだよ」
「えー……そもそも、支度金って何?」
知らんのか……
「貴族の家に奉公に行く者に渡す金のことだ。遠方の地から来るのに金はかかるし、家元を離れるわけだからその補償も含まれている。だから基本的には親に渡すものなんだ」
「なんか奴隷として売られるみたい……」
せめて、結納金って言ってほしいわ。
「奴隷ごときが俺の妻の侍女にはなれん。遠方の地で働くとなると、気軽に国に帰ることはできん。また、お前が何歳かは知らんが、女の貴重な若い時間を奪うことになる。そういう負担をかけてまで来てもらうわけだから相応のものを渡すんだ」
「な、なるほど…………ちなみに、これいくら?」
「金貨500枚だ」
「ご、ご、500!? 多くない!?」
別に多くない。
「貴族の娘に頼む場合はそれの倍以上はかかるぞ」
「私、貴族じゃないんだけど……」
「見ればわかるわ。そもそもな話、王族に仕える者は庶民では無理だ。特別なんだぞ」
リーシャも王族になる。
放火した犯罪者って考えると、微妙だけど。
「これを受け取ったら二度と国に帰られなくなりそう…………辞めようとしたら多額の賠償金で借金漬けになりそう……」
悲観的な奴だなー。
奴隷として売られかけたトラウマかね?
「たかが金貨500枚でそんなことをするか。俺の品位と名が落ちるだろ」
「品位も名もすでに……いや、でもさ、持ち逃げする人とかいないの?」
「そもそも、そんなことをする奴に頼まん。お前がその金を持ち逃げして、困るのはヒルダだ。俺はヒルダから了承を得ているからな。どういうことかわかるか?」
何のためにヒルダに話を通したと思っているんだ。
「えっと、どういうこと?」
「エーデルタルトの王族がヒスイの国の王族にお前をくれと言って、了承を得たんだ。それを反故にしたらヒルダの名と信用がなくなる。言っておくが、こういう噂は速いぞ」
ヒスイの国の王族は信用できないという噂がすぐに色んな国に伝わる。
「え!? そうなんです?」
ティーナがヒルダを見る。
「うむ。妾の名どころか王である父上の名にも傷がつく。くれぐれも持ち逃げは止めるんじゃぞ。不満があれば手紙でも何でもいいから妾に伝えよ。何とかする。だから絶対に持ち逃げはダメじゃぞ」
ヒルダはそう言いながら額から汗が伝っていた。
多分、何も考えずに許可をしたのだろう。
「わ、わかりました」
ティーナが何度も首を縦に振る。
「別に急がんでもいいからな。じゃあ、そういうことで。俺達は失礼する。ベン、じゃあな」
俺は我関せずと突っ立っているベンにも声をかけた。
「ああ……前回もだったが、お前らは風のように慌ただしく去っていくな」
前回は逃げる時だったからな。
「急ぎなんだよ。メルヴィンと金貨20枚共にもよろしく伝えておいてくれ。あと、俺は女児が好きじゃないことも伝えておけ」
「わかった」
ベンが苦笑しながら頷いたので、俺達は建物を出て、集落をあとにした。
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