第204話 絶世のリーシャ様


 ティーナが俺を下げ終えると、リーシャが男と対峙する。


「ふーむ……」


 男は目を細め、構える。


 リーシャと男はそのまましばらく対峙していたが、一瞬、リーシャの身体がぶれた。

 すると、次の瞬間にはリーシャが剣を振っており、男がそれを剣で受け止めていた。


「チッ!」


 リーシャは舌打ちをすると、距離を取る。

 だが、男は下がったリーシャを追うように踏み込み、剣を横に振った。


 リーシャは片手を地面につきながら伏せて躱すと、剣を切り上げる。

 男はこれをバックステップで躱すと、バックステップの反動を使い、強く踏み込み、剣を振り下ろした。

 伏せていたリーシャは転がるように横に避けると、すぐに立ち上がり、スピードを上げて斬りかかる。


 リーシャの剣は男の首に当たりかけたが、男がぎりぎりのところで剣で受けた。


「くっ!」


 男はリーシャのスピードにたまらず、後ずさった。


「うーん、ついていけん……」

「すごいよね……」


 俺とティーナは仲良く首を動かして、2人の動きを目で追うのがやっとだ。


「ティーナ、参戦してこい」

「邪魔になるだけだと思う……」


 アクロバティックな動きをするティーナですらついていけないらしい。


「まだやる? あなたごときでは私の相手にはならないわよ?」


 リーシャが手で髪を払いながら降伏勧告をする。


「リーシャ様、かっこいい!」

「絶世だなー……」


 ちなみに、あれはあいつの数ある決めゼリフの一つだ。

 あいつと練習試合をした時にも言われたし、イアンも言われてた。


「ほざけ……最初から全力でやるバカはおらん」


 男は実力を隠していたらしい。


「そうか? 長引かせる方がバカだろ」


 体力の無駄だし、敵が策を講ずる前に殺した方が良いだろ。


「ふっ、ただの強がりでしょ」


 知ってる。

 挑発だもん。


「くっ! ムカつく夫婦め! 死ねっ!」


 男は見事、挑発に引っかかると、リーシャに向かって、剣を振った。

 リーシャは剣を横にし、相手の剣を受けようとする。


「バカめ! 力の差がわからんか!」


 男がリーシャに唯一勝っている点は力だろう。

 リーシャは速いが、あの細腕にそこまでの力はない。

 だが、技術はあった。


「死ねぇぃっ! ――なっ!?」


 男の振り下ろした剣はリーシャの剣に当たったが、リーシャはタイミングよく自分の剣を斜めにし、滑らすように受け流す。

 男は剣を受け流され、前のめりに体勢が崩れた。


 すると、リーシャは片足を上げ、飛び上がった。

 そして、前のめりになっている男のあごに自らの膝をぶち込む。


「――ぐっ!」


 男は飛び膝蹴りを食らったため、今度は上体が後ろに反れた。


「死になさい」


 リーシャはそんな男に剣を突き立てようとする。

 その瞬間、男から魔力を感じた。


「風の刃――」

「ディスペル」


 男はリーシャに向けて、手をかざし、魔法を使おうとしたが、それよりも速く、俺が解除魔法を使った。


「くっ!」


 魔法を解除された男はなんとかもがこうとしたのか、かざした手で接近してきたリーシャの腕を掴む。

 すると、リーシャの動きが一瞬、止まった。


「――私に触るなぁー!!」


 男に掴まれた自分の腕を呆然と見ていたリーシャが烈火のごとく怒りだし、叫ぶ。

 そして、目にも止まらないスピードで自分の腕を掴んだ男の腕を切り落とした。


「死ねぇっ!!」


 男の腕を切り落としたリーシャはそのまま剣を振り、男の首を刎ねる。

 首を刎ねられた男の胴体は後ろに倒れ、それと同時に刎ねられた首が飛んでいき、地面に落ちて転がっていった。


「汚らわしい! 汚らわしい!」


 リーシャはいつもの決めゼリフすら言わず、一心不乱に掴まれた腕をハンカチで拭いている。


「つよー……そして、こわー……触られただけなのに」


 俺も怖い。


「うーん、殺しちゃったかー……あいつから情報を取れそうだったんだが……」


 まあ、しゃーないか……

 リーシャに触っちゃったのが悪い。


「…………ロイド、リーシャ様に優しい言葉をかけないといけないタイミングよ」


 ティーナが小声で教えてくれる。

 実に良い奴だ。


「ティーナ、ジャック達を呼んでこい」

「わかった」


 俺が命じると、ティーナは森の方に駆けていった。

 ティーナが駆けていくのを見届けると、一心不乱に腕をこすっているリーシャのもとに行き、リーシャの肩をそっと抱いた。


「これ以上は傷になるぞ」

「ですが、わたくしの腕が汚れてしまいます」


 マリアもだったが、触られるのを嫌がるなー……

 逆に飛び膝蹴りはいいのかよ……


「この程度でお前は汚れんから安心しろ」


 俺はハンカチで腕をこすっている手をそっと包むと、赤くなっているリーシャの腕を撫でる。


「殿下、こんなところではしたない……!」


 リーシャが顔を赤くして言う。


「何を考えている? はしたないのはお前だ」


 そういうのじゃねーよ。

 誕生日を知らないというマイナスポイントを消すための行為だよ。

 というか、観客もいるし、平原のど真ん中でするか。


「だって、撫で方が……いえ、いいです。それより、この男……名前も聞いてませんでしたね。この男は何者でしょう?」


 リーシャが不穏なことを言いかけたが、途中で止め、首のない男の死体を見下ろす。


「あれほどの動き、伝説級の防具、それに魔法まで使おうとしていたな……とてもではないが、奴隷狩りのメンバーとは思えん」


 思えば、奴隷狩り共が俺と話していた時も他の奴らとは少し距離を置いていた気がする。


「奴隷狩り達がエルフ対策に雇った護衛でしょうか?」

「その線が一番高いが……」


 どうだろうか?

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