第182話 グローリアス


 俺達は酒場で今後の予定を話し終えると、軽く飲み、解散した。

 そして、3人で城に戻ると、リーシャとマリアがすぐに伯母上に捕まり、連れていかれてしまった。


 俺は一人で部屋に戻ろうとすると、部屋の前には侍女が控えていた。


「シルヴィアか……どうした?」

「あ、旦那様」


 シルヴィアが俺に気付く。


「なんだ?」

「ラウラ様が中でお待ちです」

「ふーん、わかった。ちなみに、思いついたか?」


 頼んでいたヘレナの対応について聞いてみた。


「申し訳ございません。もう少し、お時間をいただけないでしょうか? もらっちゃえばいいじゃんという回答しか出てきません」


 いいじゃん、じゃねーよ。


「それではダメなんだ」

「今は4歳でしょうが、10年後は14歳です。いい感じです」


 いや、まだ若いわ。


「その時にリーシャは28歳だ」


 若さに嫉妬する年齢になり始めている。

 そんな時に俺が14歳を娶るのか?


「…………もう少し考えてみます」


 シルヴィアはよくわかったようで考え込み始めた。


 俺はシルヴィアを放っておき、部屋に入る。

 すると、ラウラがテーブルにつきながら本を読んでいた。


「殿下、お邪魔しているよ」

「別に構わん」


 俺はテーブルに近づくと、椅子を引き、座った。


「ジャックの本か?」


 婆さんはジャックの本を読んでいる。


「まあね。ちょっと久しぶりに見てみようと思ってさ。ジャックとは会えたかい?」


 婆さんはそう聞きながら本を閉じた。


「会えた。やっぱり酒場で待ってたわ」

「だろうね。あいつはそういう演出が好きなんだ。物書きさんだからね」


 俺もそう思う。

 テールでもところどころ、そういう演出っぽいことをしていた。

 領主の部屋の机の下に隠れたり、俺達を試して、時間差で手紙を送ってネタばらししたりと、随所にそういうところが見られた。


「今回も本のネタになりそうだから連れていってくれるってさ」

「あんたらと旅をすれば、困らないだろうからね」


 婆さんはふふっと笑う。


「そこは否定せんわ。これまでがそうだった」

「大変だったねー。ところで、ジャックは私のことを何か言ってたかい?」


 探りを入れてきた。

 泣いたことだろうな……


「お前が酒場に来たことに気付いてたってさ。だから逃げるように帰ったことがショックだったって」

「そりゃ悪いことをしたね。でも、私は良い思い出も多いが、嫌な思い出も多いんだよ」

「風呂を覗かれたことか?」


 そんなことを言っていた。


「そんなもんは気にしないよ。というか、それはエイミル王もだしね」


 そういえば、そう言ってたわ。


「じゃあ、なんだよ?」

「あいつらっていうより、自分だね。私は自分のことを世界最高の魔術師と思っていた」


 叔母上かな?


「上には上がいたか?」

「そういうことじゃないよ。だから傲慢で生意気な小娘だったんだよ」


 叔母上だ!

 どっちも小娘じゃないけど……


「お前が故郷の連中を嫌っているのはそれか?」

「そうだよ。私は散々、他の人に迷惑をかけたし、足を引っ張ったからね。だからあいつらのことを思うと、過去の自分を思い出し、嫌な気持ちになる」


 同族嫌悪ってやつかね?


「最後には腰をやり、自己嫌悪か?」

「ああ、そうだ。情けなくて仕方がなかったよ。だからパーティーを抜けて、引退することにしたんだ」


 それで泣いたわけね。


「うーん、美人になってくんない?」

「なんで?」

「婆さんの顔で言われるとなー。若作りモードならまだかわいげがある」

「若作りって言うな」


 最初に見た姿が婆さんなんだからそう思っちゃうんだよな。


「まあ、無理にとは言わんよ。せっかく美人なのに……」

「ハァ……何が欲しいんだい?」


 婆さんはため息をつくと、聞いてくる。

 おべっかがわかったらしい。


「馬車を貸してくれ。ヒラリーが用意する馬車は豪華だろうし、俺達だとすぐに貴族ってバレて、トラブルになる」

「ジャックがそう言ってたのかい?」

「そうそう。ラウラに借りろって」

「まあ、確かにそうだね…………この国とミレーは仲が悪いし、トラブルは避けた方がいい」


 婆さんもそう思うらしい。


「一応、Aランクのジャックがついてきてくれるが、それでもリーシャの美貌とマリアの不運が怖いんだ」

「そうだね。あと、あんたの偉そうな言動と変に好戦的なところ」

「好戦的か? 俺、戦いが嫌いなんだけど……」


 平和主義者というわけではないが、進んで争おうとは思わない。

 魔術師だし。


「あんたの奥さんにナンパする男がいたらどうするんだい?」

「殺す」


 声をかけただけで魔法を使い、触れようとしたら首を刎ねる。

 当然である。


「ハァ……そこだよ……」


 婆さんがため息をつく。


「自分を守らない夫をどう思う?」

「夫がいないから知らないよ」


 婆さんなら選り取り見取りなのに……

 もったいない奴……


「そういうお国柄なんだよ。とにかく、そういうわけだから馬車を貸してくれ。グローリアスもちゃんと世話するから」

「ウチの馬に変な名前をつけるんじゃないよ」


 もう遅い。

 実はここまで来るまでにそう名付けて、エサをあげ続けていたりする。

 グローリアスも俺とリーシャが残した人参を嬉しそうに食べていた。

 なお、マリアが残したトマトは食べなかった。


「ちゃんと返すから」

「わかったよ。貸してあげるから変な名前を覚えさせるんじゃないよ」


 もう遅い……

 俺とリーシャが名前を呼ぶと、寄ってくるし……


 なお、マリアには寄ってこない。

 多分、トマトのせいだと思う。

 だって、馬はトマトを食わないのにマリアが押しつけるから嫌われているんだと思う。

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