第169話 渡すタイミングを間違えた
俺達は川を渡るために小船に近づく。
すると、小船の近くにいたおっさんが俺達に気付いたようでこっちを見てきた。
「空いてるかい?」
婆さんがおっさんに確認する。
「ああ、空いてる。すぐに出るか?」
「頼むよ」
婆さんは頷くと、カバンから人数分の金貨を取り出し、おっさんに渡した。
「確かに……お前らは冒険者か?」
「そうだよ。ちゃんと冒険者カードも持ってるから大丈夫」
「そうか。じゃあ、問題ないな。乗りな」
おっさんがそう言うと、婆さんが船に乗ったので俺達も乗る。
「ラウラ、冒険者カードがいるのか?」
俺は船に乗り、腰を下ろすと、先ほどの婆さんとおっさんのやりとりが気になったので聞いてみる。
「この川はアダムとウォルターの国境だからね。一応の確認だよ」
「たいした確認ではなかったな」
口頭だけで冒険者カードの確認まではしなかった。
「アダムとウォルターは同盟国だしね。とはいえ、向こう岸でも検問がある。出るのはたいした確認ではないけど、入国時は面倒だよ。まあ、私のカードで行けるけどね」
高ランクって信用がすごいな。
「頼むわ。俺の名前を出すわけにはいかないし」
俺が名乗ればすぐに通してくれるだろうが、末端の兵士までに俺がここにいることを知らせる気はない。
「そうだね。あんたらは出ない方が良い。私が話すから大人しくしてな」
「頼むわ」
婆さんについてきてもらってよかったな。
「全員、乗ったか? 忘れ物はないか?」
俺達が向こう岸での対応を決めていると、船乗りのおっさんも船に乗り、確認してくる。
「大丈夫だよ」
「じゃあ、出航だ」
おっさんがそう言うと、船が動き出した。
ただ、スピードは速くなく、ゆっくりだ。
「遅いな……」
「これも観光の一種なんだよ。世界でもこんなに広い川はないからね」
確かに海とは違った光景だし、これはこれでいいかもしれない。
「本当は夕方がベストなんだぜ。実際、そのくらいになると人が増える」
おっさんが補足説明をしてくれる。
「なるほど。夕日を見ながらだとロマンチックだな」
「いいですねー」
「確かにすごそうね」
この川は綺麗だし、水面に反射する夕日も綺麗そうだ。
「たまにだが、ここでプロポーズをする奴らもいる。一種のスポットだな」
「ほーん。悪くないな」
プロポーズを受けてくれる可能性が若干低くてもいけそうな気がする。
「引き返します?」
「夕方にまた来る?」
女共がめんどくさいことを言い出した。
「シルヴィが急げって言ってただろ……」
気持ちはわからないでもないが、すでに嫁入りが決まっているのにめんどいわ。
何がめんどいって、お互いが同席させるのを嫌がるから2周しないといけないこと。
「たまには愛のある言葉が欲しいわ」
「殿下には無理ですよー」
ひどい評価だな……
仕方がない。
「じゃあ、良いものをやる。ほれ」
俺は文句を言うリーシャとマリアに封筒に入った文を渡した。
「え? 本当に書いたの?」
「一生かかると思ってました」
こいつら、俺に一切の期待をしていないな……
「学校の試験より大変だったわ。一語一句噛みしめて読めよ」
「そんな大層なものかしら?」
リーシャはそう言いながら顔が赤い。
「ありがとうございます。大事に読みます」
マリアは素直に感謝する。
「絶対に読み合ったり、見比べたりするなよ」
「しないわよ」
「そうですよ。これは私だけのものです」
2人はそう言いながら封を開け、文を読みだした。
「俺がいないところで読めや……」
何のための文だよ……
恥ずかしいわ。
「別にいいでしょ」
「…………ふふ」
2人は俺を無視し、文を読み続ける。
「あー、嫌だわー」
なんだこの拷問?
「嫌なのは俺と婆さんだよ。まだバカップルのプロポーズの方が良かったわ」
「若さが憎いねー……」
うるさい!
「部外者は黙ってろ」
遠くを見て、聞こえないふりでもしてろよ。
「嫌な仕事だぜ」
「ホントにね。ちょっとスピードを上げておくれ」
「そうするわ。全然、風景を見てねーし」
リーシャとマリアは一言も発せずにただひたすら文を読み続けている。
「ふふっ……」
「へー……ほー……」
……いや、言葉は発していた。
「おっさん、この船、沈まねぇ?」
文を川底に沈めてほしい。
「沈んだことも転覆したこともねーよ」
「お前、今日は酒場には行くなよ」
「悪いが、それは無理だ。最悪な客を乗せたって愚痴らないとやってらんねーわ」
船乗りの間で広がるのかー……
嫌だわー。
やっぱりガラにもないことをするもんじゃないな。
俺は早く対岸に着かないかなと思いながら待つ。
リーシャとマリアは一向に顔を上げる気配はなく、ただただ延々と文を読んでいた。
明らかに読み終わっているだろうが、おそらく、何度も読み返していると思われる。
「ほら、もう着くぜ」
おっさんが言うようにもうすぐで対岸に到着しようとしているのだが、リーシャとマリアはガン無視で文を読んでいた。
「おーい、読むのは後にしろ。もう着くぞ」
俺がリーシャとマリアにそう声をかけると、2人が顔を上げる。
「愛って素晴らしいわね」
「私は選択肢を間違えなかった。アシュリー様に誓って正解だった」
あー……こいつら、今だけ死なねーかな?
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