第155話 平和の代償


「お前、自分の婚約者に不満があるのか?」


 俺は男同士になったところでコンラートに聞いてみる。


「そうだね。彼女との婚約が決まったのは私が留学を終えてこの国に戻ってきた翌日だよ」

「誰だ?」

「ウチの有力な貴族の子さ。よくある話だろ」

「まあ、そうだな。リーシャだって公爵令嬢だし、普通はそういうところから選ばれる」


 俺とリーシャはちょうど同じ年に生まれたし、ぴったりだった。

 まあ、下世話な話をすると、スミュールのおっさんとおばさんは狙ったんだろうけど。


「ハァ……仲が良い君達が本当に羨ましいよ」


 俺とリーシャはいつも2人だった。

 だって、ロクに友達がいないんだもん。


「そんなに不満があるのか? 顔が好かんか? 体つきが好みじゃないか?」

「いや、美人だし、スタイルもいいよ」


 何が不満なんだよ。


「それならいいじゃん。他に何を望む?」

「他にもあるだろ…………さすがは絶世の下水の婚約者だね」


 俺は基本、リーシャの性格は考えないようにしている。

 もう絶対に直らないだろうし、他人のこと言えないもん。


「そんなに性格が悪いのか?」

「それがわからない感じだよ。要は本音でしゃべらない。何回か会って話したけど、常に外行き用で話しててつまらない」


 あー……そりゃつまらんわ。

 貴族の外行き用の会話って本当に楽しくないし、退屈だからな。


「そのうち仲良くなっていけば本音もしゃべるだろ」

「だと思うけどね。でも、エーデルタルトの留学生活が忘れられないよ。あそこは男女共に本音で話せてた」


 まあ、学生だし、あそこは身分を笠に着るのは禁止だもんな。

 だからリーシャとマリアは仲が良かったのだ。


「それで本音で話せるバカ女に引っかかったのか? エイミルはバカ女が好まれるからロクに教育されていないもんな」

「言い方が悪いけど、そんな感じかな……国は違えど王族同士だからね。似たような不満を持っていたよ」

「意気投合して盛り上がったわけね……」

「まあ、有り体に言えば……」


 こいつもお花畑だったのか……


「実際、どうやって会ったんだ? 王族同士だろ」

「同盟しているし、王族同士の交流会があってね。その時に話が弾んで手紙のやり取りをするようになった。そうすると、会いたくなるだろ? だから国境近くにある町でこっそりって感じ」

「いや、こっそりって……会えるのか?」

「視察とか色々と示し合わせてね」


 あー、オリヴィアはどうか知らないが、少なくともこいつはお花畑なんかじゃない。

 秘密の情事を楽しんでいるだけだ。

 要は女の敵。


「ふーん……楽しそうだな」


 俺は怖くて無理。

 絶対に死人が出る。

 ……しかも、多分、全員。


「まあ、そんな感じなわけだよ。そして、この手紙か…………いつもの情事の誘いではないだろうね」


 いつものだって……


「こんな状況ではな…………ちなみに聞きたいんだが、お前らはなんで軍を出したんだ?」


 俺はジャス側の言い分を確認しておくことにした。


「国境近くの村が襲撃されたんだよ」


 一緒だな。


「盗賊か?」

「いや、目撃者の情報ではエイミルの兵士だったらしい。そしたらすぐにエイミルの王都から軍が出撃したという情報が入ったんだ。だから慌ててこっちも軍を出したんだよ」

「ふーん……まあ、手紙を読んでみろよ。お前の推察通り、オリヴィア王女からだ」


 俺はコンラートに手紙を読むように勧める。


「そうだね……」


 コンラートは封筒を開けると、中に入っていた手紙を読みだした。


「………………」


 暇だな……

 そういや、俺もリーシャとマリアに手紙を書かないとな……

 ここまでの馬車の旅で内容を考えて、ほぼ纏まってきたし。


 俺がまだかなーと思いながら待っていると、コンラートが顔を上げる。


「これは確かにオリヴィアからの手紙で合っているかい?」

「多分な。実際に会って受け取ったが、あれは王族の振舞いだった」


 偽物ではない。


「そうか……」


 コンラートが腕を組んで悩み始めた。


「何て書いてあった?」

「この手紙を信じるならば、エイミルでも同じことが起きているようだ」

「だろうな。俺もさっきお前が言ったことをオリヴィアから聞いた」


 まったく同じだ。


「…………オリヴィアが嘘をついている可能性は?」

「それはお前の方がわかるだろ。とはいえ、屈託のない第三者の意見を言おう。あのバカ女にそんな知能もなければ、演技ができる才はない」

「…………そうだね。君の言う通りだ。あの子が騙し合いばかりしている君達エーデルタルトの人間を騙せる子とは思えない」


 また評判の悪いことを言われた……


「さっき本音で話せてたって言わなかったか?」

「イアンやその友人達との話だよ。彼らと別派閥との会話はこれが強国の貴族かと感心したもんだよ」


 別派閥ねー。


「俺の派閥か?」

「イアンと敵対する派閥なんて他にないでしょ」


 派閥……

 後継者争い……

 うーん、当事者なのに関わってねー……

 俺らの学年はともかく、イアンの学年は激しそうだな。


 俺の最大の失敗はそこに興味がなかったことのような気がする。


「そうだな。お前、その手紙を読んでどう思った?」

「戦争を引き起こそうとしている第三者がいる」

「俺もそう思う。ちなみにだが、俺達がここに来るまでに魔術師に襲われた」

「確定だね。問題は誰か……いや、私達が争って得をする国はテールか……」


 まあ、その発想に至るわな。

 こいつらの直接的な敵は隣接するテール王国だ。


「どうする?」

「父上を止めなければ!」

「どうやって?」

「急いで手紙を送るのはどうだ?」


 さすがは平和な国だ。


「俺が軍を率いている時にそんなもんが届いたら敵の偽伝令だと疑う」

「やはりそうか……ならば方法は一つだな」


 そうだね。


「直接行くか?」

「ああ。それしかない」

「まあ、そうだわな。お前が王に説明し、エイミル軍に軍使を送る。そこで一時的な停戦を提案するのが一番だ。問題は向こうが停戦に同意するかだがな」


 罠だと思うだろうし、よほど弁が立つ人間を出す必要がある。

 確実なのは王太子であるこいつ自身が使者になることだ。

 だが、こいつにそんな度胸があるかね?

 俺なら拒否する。

 うーん……どうするかねー?


「そこは問題ない」


 おや? 良い案があるようだ。

 ただのバカ男ではなかったようだな。


「良い方法があるのか?」

「ああ。オリヴィアが提案してきた」


 …………まさか。

 いや、そんなまさかね。


「なんだ?」

「オリヴィアもエイミル王を説得するらしい。そのための話し合いをするために国境の町で一度落ち合おうと手紙に書いてある」


 バカだった……

 とんでもないほどのバカだった。

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