第149話 元仲間


「あまりオリヴィア様を責めないでおくれ。あの人はあの人で大変なんだ」


 婆さんが教え子の王女を庇う。


「お花畑ぽかったな」

「エイミルでは賢しい女は嫌われるんだよ」

「例の女王のせいか?」


 女王制が廃止になった原因となった奴。


「そうだよ。この辺の男はバカで素直な女が好む」


 えー、素直はわかるけど、バカは嫌だわー。


「そういう意味ではお前はダメだな」

「こんなババアは論外だけどね」


 さすがに特殊な好みになるな。


「それであの王女様はバカなん?」

「少しは言葉を選びな。自頭は悪くないし、優秀だよ。だが、圧倒的に周囲の状況や政治を知らないだけだ」


 それをバカと言うのでは?

 いや、まあ世間知らずなだけか。


「一応、聞くが、お前が教えんのか? 家庭教師だろ」

「そんなことは頼まれてないし、私がそれをするメリットがない」


 むしろ、余計な知恵を与えたと言われるか。


「ふーん、なあ、ラウラ、腹を割って話そうじゃないか」

「私に腹なんかないよ」

「じゃあ、聞くが、この仕事のお前のメリットは何だ? 正直に言うが、俺達にはまったくない。エイミルやジャスがどうなろうと知ったことではない」


 まだ叔母上や従弟妹がいるギリスの方が愛着はある。


「テールが侵攻したらまずいだろ。ただでさえ、強国なのに力が大きくなる」

「たかがこの程度の国を吸収したところで戦況に大きな変化はない。もし、そうならとっくの前にテールが攻めている」


 得るものがあるかないかで言えば、当然あるだろう。

 だが、北のエーデルタルトが軍事行動を起こすリスクを冒してまで得るべきものではない。

 もっと言えば、守りにくくなる。

 ジャスの東には教国に加えて、エーデルタルトの同盟国であるウォルターがあるから戦線を広げることになるのだ。


「そうかね。じゃあ、なんでこの仕事を受けたんだい?」

「楽だから。手紙を渡すだけだし」


 あの指輪がいくらになるかは知らんが、リーシャの目利きでオーケーなのだから安くはないだろう。


「ふーん、まあ、失敗したね。じゃあ、後は私がやるよ」

「それなんだけど、どうやるんだ?」

「私でも会えないと思うから侵入しかないね」


 やはり城に侵入か……


「できるか?」


 さすがに今の状況では警戒しているし、城に侵入するのは困難だ。


「魔法を駆使すればなんとか」

「大変だろ。俺が聞きたいのはそこだ。なんでそこまでする? 政治に関わりたくないと言っていたお前がそこまでする理由を教えろ」

「報酬が良いからではダメかい?」

「ダメ。あの王女がそんな大金を払えるとは思えない」


 それにこいつが今さら金を欲しがるとも思えん。


「うーん、じゃあ、この国が気に入っているし、平和に生きたいから」


 じゃあって……


「住む国は他にもあるだろ。お前が嫌いな教国から離れた国がな」


 教国が嫌いだからアダムに行きたくないって言ってたが、ここやエイミルもたいして変わらんわ。


「ジャックが言ったとおりだね。よく見てるし、覚えているわ」

「別にお前が両国を離間させる犯人と疑っているわけではないぞ」


 こいつならもっと上手くやれるし。


「そうかい。別にたいした理由じゃないよ。エイミルの王様が元仲間ってだけだ」


 え?


「エイミル王って冒険者だったん?」

「そうだよ。冒険者に憧れて国を出たバカ王子さ。あんたと一緒」


 俺はそんなバカ王子じゃない。

 俺は放火して逃げただけ。

 あ、もっとバカだったわ。


「王子が冒険者ねー。どんなんだったんだ?」

「本人は身分を隠していたけど、バレバレだったね。その辺はあんたらと一緒さ。立ち振る舞いでどうしてもわかるからね。ただ、素直な子だったよ。そこはあんたらとは違う」

「俺達だって素直だぞ。なあ?」


 俺はリーシャとマリアに同意を求める。


「そうね」

「私達は嘘なんかつきませんもんね」


 ほらー。


「そうかい? 宝石屋のやりとりを見てたけど、ひどかったよ」


 こらー、覗くなー。


「あれぐらいは当然だぞ。ああいうのはぼったくりが多いからな」


 実際、ぼったくりだったし。


「そう。まあ、好きにしたらいいよ。とにかく、私の元仲間が王様だからだよ」

「当ててやろうか? 腰をやった時におぶった奴だろ。ホレたんだろ」

「おぶった奴で合ってるけど、ホレてはないよ。いくつだと思っているんだい」


 愛に歳の差は関係ないんだなー。

 なお、俺がこれを口に出すことは許されない。

 あー、マジでどうしよう。


「王に誘われたんか?」

「そうだね。私が引退した後、すぐにあの子もエイミルに戻った」

「お前がパーティーを抜けたからだな」


 きっとそう。


「ラブロマンスに繋げたがるねー。でも、違うよ。すぐって言ったけど、5、6年は経ってる」


 長生きだと、5、6年がすぐなんか……


「つまらんなー」

「悪いけど、私には子供か孫にしか見えないよ。それにこんなババアだよ? 向こうだってありえんだろ」

「魔法で姿を誤魔化しているくせにー」

「………………」


 婆さんが黙った。


「あれ? 言ったらマズかった?」

「……いや、いいよ。そこまでの魔術師だったのかと感心しただけだ。でも、他のエルフに言ったらダメだよ。これは自衛手段だからね」


 見た目が良すぎると不都合があるもんな。

 ウチにもいるわ。


「じゃあ、魔法を解いてみようか。自慢の美貌とやらを見せろ」

「嫌だよ。前にも言ったろ。自信を失くして惨めになるだけだ」

「ふっ……」


 リーシャが自信満々の顔で髪を払う。


「上手なババア……」

「…………黙ってな。私は死にたくない」


 まあ、リーシャが恐ろしい目で婆さんを見てたしね。


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