第138話 配達の仕事


 王族や貴族が他国に留学するというのは普通にある。

 さすがに敵国にはしないが、同盟国、もしくは学芸が盛んな国なんかに知見を広げるために留学し、学ぶのだ。


 これは飛空艇の登場で、より盛んになった。

 飛空艇に乗れば時間もかからず、しかも、他国を跨がないで良いため、簡単に他国に行けるようになったからである。


 もちろん、ウチの国にもいろんな国から留学してきた者はいる。

 エーデルタルトは武芸が盛んなため、子供に強くなってほしいと願う親には人気なのだ。


 逆に俺も留学をしたことがある。

 1年だけだったが、母の生まれであるウォルターに留学したのだ。

 うるさい連中の目もなかったし、伯父が可愛がってくれたので非常に楽で良かった記憶がある。


 だが……


「すまん、コンラートなんて知らんぞ」

「え?」

「いや、そもそもジャスから留学生が来ていたことすら覚えていない」


 いたっけ?


「あれ?」


 オリヴィアが首を傾げる。


「リーシャ、マリア。そんな奴いたか?」

「いなかったと思うけど……」

「ウチの学年の留学生は5名ですけど、ジャスの方はいなかったような……そもそもなんですが、殿下の友人ってことらしいですけど、殿下に友人なんていませんよね?」


 いるわい!

 ケビンとか、アランとか、クライヴとか!

 他は……他は……いないけども!


「友人くらいはいたが、留学生の友人はおらんな」

「どういうことです?」


 オリヴィアが聞いてくるが、俺が知るわけがない。


「俺が聞きたいわ」

「うーん、エーデルタルトに行った際に王子と仲良くなったって言ってたんですが……」


 王子?

 ロイドとは言ってないわけか……


「それ、イアンじゃないか?」

「イアン?」

「一個下の弟だ。マリア、一個下の学年は覚えているか?」


 俺は詳しそうなマリアに確認する。


「すみません。同級生と先輩方は把握しているのですが、下級生は知りません」

「先輩にジャスの留学生は?」

「いませんね。いるなら下でしょう。そうなるとイアン殿下のような気がします。あの方は友人も多かったですし」


 ケッ!

 友人なんて数じゃなくて質だよ!

 質も自信がないのが悲しいが。


「イアンっぽいな。残念ながら俺じゃない」


 俺はオリヴィアを見る。


「そ、そうですか……面識はないのですか?」

「いや、多分ある。初めに挨拶は受けるからな」


 まったく覚えていないがね。


「その伝手でいけないでしょうか?」


 微妙……


「やってみるくらいはしてもいいぞ。ウォルターに向かうついでに寄るだけだし、何も知らない体で面会を申し込むのはできる。門前払いだったらすまんだが……」


 高確率で門前払いだと思う。

 俺でもこの状況なら忙しいとか理由をつけて断るもん。

 エーデルタルトとジャスはその程度の関係性でしかないのだ。


「それでも構いませんのでお願いします」

「失敗したらどうしたらいい? ギルドに報告すればいいのか?」

「いえ、ラウラをつけますのでラウラに手紙を渡して下さい。後はこちらで何とかします」


 ラウラが城に潜入するわけね。

 リスキーだが、それしかないわけか。


「手伝わんぞ」

「もちろんです。そのままジャスを抜けてもらって構いません。そこまでやると国際問題になりますし、エーデルタルトを敵には回せません」


 まあ、離れているからどっちでもいいが、敵は少ない方がいいわな。


「報酬は?」

「私が渡せるものは多くありませんので……」


 オリヴィアはそう言うと、自分の指から指輪を外し、テーブルに置く。

 俺はそれを手に取って、じっくり見てみる。


 うん……指輪なんかわからんわ。


「リーシャ」


 よくわからなかったのでリーシャに任せることにした。

 リーシャはベッドから立ち上がると、俺のところに来て、指輪をじっくり見る。


「いいんじゃない?」


 リーシャはそれだけ言って、ベッドに戻っていった。


「これでいい」

「では、お願いいたします。出来たら明日にでも出発していただけると」

「明日か……急だな」


 嘘。

 俺達も明日には出る予定だった。

 アヒムにクレームを言われる前に出ないといけないし。


「申し訳ございません。現在の状況では……」

「わかっている。早朝には出よう。ラウラの馬車で行くのか?」

「そうなります。ラウラ、お願いします」


 オリヴィアが婆さんに頼む。


「はいよ。あんたらは早朝に東門に来てくれ。そこで待ってるからね」

「わかった」


 東門ね。


「では、私はこれで失礼します。夜分遅くに時間をいただきありがとうございました」


 オリヴィアはそう言うと、立ち上がり、フードを被る。

 それと同時に婆さんも立ち上がった。


「じゃあね。ギルドを責めるんじゃないよ」

「そうだな。ギルドにも俺達を責めるなって言っておけ」


 俺はそう言って、棚に置いたワインの空き瓶を指差す。


「バルバラはこうなるからやめておけって紹介状に書いたんだけどねー……まあ、アヒムには良い薬さ。貴族を舐めるとこうなるってな」


 そうだぞ。

 ワインくらいで済んでよかっただろ。


「ラウラ」


 オリヴィアがラウラを急かす。


「わかってます。良い夜を……」


 2人は部屋を出ていった。


「受けて良かったか?」


 2人が出ていったので一応、確認する。


「受けるべきでしょうね」

「たいした手間ではなさそうですしね」


 2人もそう思うらしい。


「本音は?」

「死ね、売女」

「汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい」


 だと思った。


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