第135話 邪魔


 俺達はカトリナが持ってきたワインをグラスに注ぐと、乾杯をして飲み始めた。


「さて、良い宿に泊まることができて、美味いワインも飲めたな」

「非常に順調な旅ねー」

「あの、私、ものすごいデジャヴを感じているんですけど……」


 マリアもわかるらしい。


「良い仕事をもらえて、楽に王都まで来れたもんなー。至れり尽くせり。テールでも似たようなことがあったな」

「そうね。ギルドはわかりやすいわ。頼みごとをする時はこうやってあからさまに接待してくれるのだもの」

「だなー。そういうわけで遠慮せずに好きなだけ飲み食いをしようぜ」


 いやー、タダ酒は美味いね。


「あのー、でも、それって面倒ごとに巻き込まれるってことでは?」


 マリアが聞いてくる。


「面倒そうだったら断ればいいだろ。俺らが依頼を受ける義務はないし」

「でも、良い宿に泊まらせてくれたりしたわけでしょう?」

「これは接待だ。交渉の前段階。機嫌を損ねたくなかったんだろ」

「こんなことをしないと私達が仕事を受けるわけないものね」


 まあ、逆に言うと、こんなことをしてまで俺達に頼みたい仕事があるってことだ。

 しかも、Dランクになったばかりの俺達に。


「うーん、やっぱり面倒ごとの予感がします……」


 マリアが思案顔をする。


「気にするな。今回は空から落ちることも海に落ちることもない」

「ですかねー?」

「平和そのものじゃないか。ほれ、お前も遠慮せずに飲め。お前の家のやつより美味いかもしれんぞ」


 俺がそう進めると、マリアはワインをグラスのイッキ飲みした。


「ウチの方が美味しいですね」


 こいつはこいつで絶対に自分の家のワインより美味いとは言わない。


「そうかそうか。でも、これはタダだからたくさん飲め」

「タダっていうのは良い響きですねー」


 ホント、ホント。

 いやー、悲しい王子と貴族になっちゃったなー。


「私はもういいわ。あとは2人で飲んでちょうだい。眠くなっちゃった」


 リーシャがグラスをテーブルに置く。


「風呂がついてるし、入って寝ろよ。夕食時に起こしてやる」

「そうするわ」


 リーシャが立ち上がった。


「あ、裸族はやめろ。お客さんが来るかもしれんし」

「それもそうね。あなたには悪いけど、ちゃんと着る」

「なんで俺に悪いんだよ」

「嬉しそうに見ているじゃない」


 そら、見るだろ。

 嬉しくもなるだろ。


「バカ言ってないでちゃんと服を着ろ」

「今日はそうするわ」


 リーシャはそう言って、風呂に行ってしまった。


「マイペースなやつ」

「それがリーシャ様ですからねー」


 まあね。


「飲もうぜ」

「ですねー」


 俺達はグラスにおかわりのワインを注ぐ。

 そして、グラスを掲げた。


「タダ酒に」

「主の恵みに」

「「乾杯」」


 俺とマリアが楽しくワインを飲み始め、しばらくすると、リーシャが風呂から上がり、3つあるベッドの1つに倒れ込んだ。

 そのまま動かなくなったので構わず俺とマリアはワインを飲み続けた。

 そして、夕方になったのでリーシャを起こし、部屋で夕食を食べると、再び、ワインを飲み、ゆっくりする。


「どのくらい飲んだの?」


 寝ていたリーシャが聞いてくる。


「3、4本程度だ。ワインばっかりではそんなに飲めん」

「ふーん、まあ、いくらタダとはいえ、必要以上に飲むことはないわね」


 そうそう。

 品がない。


「しかし、来ないな……」


 夕食を終えたというのに誰も来ない。


「アヒムの口ぶりから来るなら今夜しかないんだけどね」


 1泊だけならここに泊まっていい、だもんな。

 今日、誰かが行きますよって言っているようなものだ。


「だと思うんだがなー」

「さすがにこれ以上は無礼よ。どうする?」


 夜遅くに訪ねるのは貴族に限らず無礼だろう。

 それが夫婦ならなおさら。


「俺達の考えすぎという可能性もあるしなー」

「逆に襲ってくる線は?」


 なんでギルドが俺達を襲うんだよ。


「さすがにこんなバレバレではなー……まあ、待っても仕方がないし、普通にしていればいいだろ」

「そうね。普通に過ごしましょう」


 俺達はその後も団らんを続け、マリア、リーシャ、俺の順番で風呂に入ると、いよいよ寝る時間となったため、各自の布団に入り、横になる。


「何もなかったですねー」


 マリアがベッドで横になりながら言う。


「だなー。まあ、明日かもしれんし、実は本当に歓迎してくれただけかもしれん」

「………………」


 リーシャはもう寝たらしい。


「本当に即行で寝るなー、こいつ……」

「殿下ぁ……そっちに行ってもいいですか?」

「来い来い」


 かわいい奴め。

 ……俺も1人は嫌だ。


 俺が掛け布団を上げてマリアを誘うと、マリアが俺のベッドにやってきた。

 そして、マリアが俺のベッドに足をかけ、ベッドに入ろうとする。


 コン、コン……


 扉を叩くノックの音が聞こえてきた。


「は?」

「えー……」


 今ー?


「誰だ?」


 俺は少し不機嫌な口調で扉の方に聞く。


『夜分遅くにすみません。お客様がお見えなんですけど……』


 この声はカトリナだ。


「こんな遅くにか? さすがに取り次ぐだけでもありえんぞ」

『すみません……私も無理だと思ったんですが、どうしても断れない御方でして……』


 この言い方だと貴族級か?


「男か?」

『いえ、女性の方々です』


 方々ね。


「そうか。男なら誰であろうと首を刎ねているところだ」

『………………す、すみません』


 長い沈黙の後に完全にビビったカトリナが謝ってくる。


「別にお前は何の問題もない。ちょっと待ってろ」

『………………はい』


 カトリナの返事が聞こえると、マリアを見る。


「マリア、リーシャを起こせ」

「対応するんですか? これがありえないのは私でもわかりますよ」


 マリアもさすがにちょっと怒っている。


「それをしようとするレベルの人間が来たってことだ。そして、ギルドと提携している宿屋の店員が繋いできたんだ」

「…………最低でも貴族ですかね?」

「そうじゃなかったら殺すな。とにかく、リーシャを起こせ」

「……わかりました。それと着替えます」

「ん」


 俺はリーシャのことをマリアに任せると、ベッドから降り、外套を手に取った。

 そして、外套を羽織ると、扉まで行き、少しだけ開く。

 すると、そこには寝間着姿のカトリナが申し訳なさそうに立っていた。


「お前も寝てたのか?」

「はい……」


 とんでもない客だな。


「妻が着替えているから待てとババアに伝えろ」

「伝わったよ」


 カトリナの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたと思ったらカトリナの後ろから昼間にも見た怪しい黒ローブを纏ったラウラが現れる。


「そうか……俺が誰だかわかっているか?」

「もちろん。エーデルタルトの第一王子だろ」


 ラウラが即答すると、カトリナがビクッとした。


「では、この訪問が非常に無礼であることは?」

「それについては私ではなく、もう1人が謝るよ。どうしてもこの時間じゃないといけない理由があってね」

「だったら事前通告くらいしろ」

「それもできないってことだよ」


 チッ! これは貴族じゃないわ。

 王族だ。

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