第090話 祖国の悪評が広がっている……
叔母上が船室に来てしばらくすると、動いていた船が止まった。
「着いたな。ついてこい」
叔母上がそう言って船室を出たので俺達も叔母上のあとを追い、船室を出る。
甲板に出ると、乗組員が狭しなく動いており、俺達はそいつらを避けながら船を降りた。
「殿下ー! 大地です!」
船を降りると、マリアが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。
俺も足で地面をぐっぐっと押した。
「揺れないな……」
「ですですー」
俺とマリアが盛り上がっている横でリーシャもぐいーっと身体を伸ばす。
「一週間ぶりね。随分と長く感じたわ」
空腹だったし、海の上はやることもないしなー。
「マリア、町中でロイドのことを殿下と呼ぶのはやめろ」
叔母上がマリアに苦言を呈する。
まあ、さすがに領民は叔母上が異国の王族とは知らんだろうしな。
「はい。ロイドさんとリーシャさん…………アシュリー様はアシュリー様でいいですか?」
そういやそうだな。
「叔母上、俺の叔母上の呼び方はどうします?」
「私はそのまんまでいいぞ。お前らは王都から来た甥っ子夫婦ということでいいし」
まあ、他人が寝泊まりするのも変な話か……
「わかりました」
「ん……じゃあ、こっちだ」
叔母上が歩いていったので俺達も叔母上についていく。
港を出て、町中を歩いているのだが、町はそこまで栄えているわけではなかった。
村というレベルではないが、テール王国のリリスやアムールの方が人も多く、賑やかだったくらいだ。
「こんなもんですか?」
俺は町を眺めながら前を歩く叔母上に聞いてみる。
「こんなもんだ。さっきも言ったが、ウチは商業に力を入れてない。いくら港があるとはいえ、王都から距離があるし、ギリスは港町が多いからな」
だから人がそこまで多くないのかな?
「ふーん、貧乏貴族に嫁いだんです?」
「うんにゃ。ウチは大領地というわけではないが、伯爵だからそこそこだぞ。領地も広いし、オリーブで儲けているからウハウハだ」
へー。
「まあ、叔母上が苦労していないのならいいです」
「お前はこういう田舎を好まないんだろうが、私は海があればどこでもいいからなー。静かだし、好きだよ」
叔母上のそういうところは変わらないなー。
この人は良い意味でも悪い意味でも王族っぽくないのだ。
「ところで、叔母上、馬車とかないんですか?」
「私は歩きたい。お前らも乗り物はもういいだろ」
まあ、そうなんだけど、代理とはいえ、領主が隠しもせずに普通に町を歩いていいものかね?
俺はちょっと気になって、すれ違う人とかを見てみるが、誰も叔母上を気にするそぶりはない。
「気付いていない?」
町人は誰もこっちを見ていなかった。
「いや、気付いているけど、絶対に目を合わせないだけ。前に絡んできたアホ共を魔法でぶっ放してたら自然と誰も私と目を合わさなくなった」
この人は何をしているんだろう?
「アホですか?」
「平和になっていいだろ。おかげでこの辺りは賊がいないんだぞ」
あんた自身が海賊だもんな。
「まあ、他国で他人の領地をどうのこうの言うつもりはないですけど、次の代が苦労しますし、控えた方がいいですよ」
「めっちゃどうのこうの言ってんな。そして、相変わらず、自分のことを棚に置くんだな」
置いてないわ。
「魔術師ということで不当な評価を受けていただけですよ」
「真っ当だろ。放火魔夫婦」
叔母上が俺とリーシャをそう評価すると、リーシャがそっとマリアの肩を抱く。
「へ!?」
急に肩を抱かれたマリアが驚いたように満面の笑みのリーシャを見る。
「ファミリー」
「こういう時だけ笑顔にならないでください! そんなんだから下水って呼ばれるんですよ!」
リーシャの下水ぶりはどうでもいいな。
まあ、ファミリーというのは同意見だけど。
「叔母上、あれですか?」
俺達が歩いていると、前方の高台に大きな屋敷が見えてきた。
「うん…………そうだな。あそこからだと海や町が見渡せるんだよ。何かあったらすぐに対応できる」
叔母上はリーシャとマリアのじゃれ合いを呆れた目で見ていたが、すぐに説明をしてくれる。
「確かに便利ですけど、面倒ですね」
毎回、上り下りかー……
「私は慣れた…………ほら、そこの正室と側室、じゃれてないで行くぞ」
「はい」
「すみませーん」
リーシャとマリアは絡むの止めて、歩き出す。
「普通、正室と側室って仲が悪いだろうに……」
正室からしても側室からしてもお互いが目の上のたんこぶだ。
夫からの寵愛や跡取りなどの争いが絶えない。
「同級生ですからねー。もっと言えば、マリアはリーシャの唯一の友人ですし。それに公爵と男爵ではね……」
争いにすらならない。
もし、俺がマリアを気に入り、マリアにばかりかまけていると、スミュール公爵が苦言を呈しにやってくる。
跡取りをマリアの子にするなんて、もっての他だ。
多分、フランドル男爵もやめてくれって言いに王都まで来ると思う。
「なるほどねー。お前がもう1人側室を迎えて、そいつが高い身分でも2対1に持ち込めるわけか…………優秀な正室だこと」
なるほどー……
そういう理由があったから嫉妬の塊がマリアを許したのか……
「あいつ、まだ見ぬ3号さんをイジメ抜きそうだな……」
リーシャは平気でそういうことをしそう。
マリアは知らぬ存ぜぬだろう。
「そういうのを調整するのがお前の役目だな」
「リーシャとマリアだけでいいや……」
魔術の研究をする暇もなくなりそうだ。
心労で倒れそう。
「そうしろ。女を欲張るとロクな目には遭わんぞ。特にエーデルタルトではな……」
「ちなみに聞きますけど、亡くなった旦那さんに側室とかいたんです?」
伯爵なら側室の1人や2人はいそうなもんだ。
しかも、初めて会った他国の貴族令嬢に酒を飲ませて、ベッドに連れ込んだナンパ野郎ならなおさらだろう。
「そういう話もあったな…………みーんな、辞退したけど」
「…………何したんです?」
絶対に何かしただろ。
「手紙を送っただけだ。私のトラヴィス様への愛をこんこんと書いてやった」
こえーよ。
国王の前で首をかっ切る女からそんな手紙が届いたら辞退するに決まってるわ。
俺はエーデルタルトを勘違いされてないかなーと心配しながらも叔母上の屋敷がある高台を上がっていった。
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