第089話 大変だけど、楽しいよ?
叔母上が船室を出て、しばらくすると、船が動き出し始めた。
俺達は船室を出ずに叔母上の領地に着くのを待つことにし、船室に設置された小窓から外を見る。
小さい丸窓を3人で覗くのは狭くて見づらいが、相当の速さで動いていることがわかった。
「私達が乗っていた船よりも速いわねー」
リーシャが小窓から外を眺めながら言う。
「普通は小船の方が速いんだけどな。相当、良い船なんだろう」
けっして、俺より叔母上の方が魔術師として格上とかそういうことではない。
こういうのは魔術師の魔力や資質よりも魔導船の質で決まるのだ。
「ふーん、アシュリー様のことはどうするの?」
「どうもしない。叔母上はこの地で幸せを見つけたんだ。夫は亡くしたが、まだ幼い子供がいる。そっとしておくべきだろう。俺達は何も見てないし、知らないでいこう。死んだと思っていた叔母が生きていたという事実だけで十分だ」
エーデルタルトに報告すれば、子供も含めて帰還命令だろう。
だが、ギリスとしては叔母上はともかく、自国の貴族の子である子供は絶対に渡さない。
そうなれば、二国間でこじれるし、不幸な未来しか予想できない。
「そうね……こう言ったら悪いけど、今さらアシュリー様がエーデルタルトに戻っても良いことなんてないしね」
皆が死んだと思っているし、8年も経っている。
すでに居場所なんかない。
「どっちみち、その時は私達も強制送還では? 御二人が断頭台に行くところを見るのは嫌ですよ」
俺らはもっと嫌だわ。
「まあ、放っておこう。叔母上の仕事を手伝って、エイミルに送ってもらおうぜ」
「そうね…………あと、アシュリー様がギリス王に手紙を書くって言っていたけど、それは大丈夫かしら?」
「問題ない。強制送還しようとしたらお前らも首を切ると思うだろうし、国交すらない国と問題を起こしたくはないだろう」
ギリスはラスコと敵対していると言っていたし、遠方とはいえ、敵は増やしたくはないだろう。
遠方だから直接敵対することはないだろうが、エーデルタルトがラスコに援助することも考えられるのだ。
「確かにそうね。じゃあ、私達はアシュリー様の手伝いに集中しましょう」
「そうだな。遺体か遺品を回収したいって言ったし、遺体が調査する島に残ったままなのだろう」
戦争に参加すれば遺体を回収するのは難しい。
だが、それでも残された者は遺体を回収したいと思う。
「それは辛いでしょうね。夫が先に死んでも骨くらいは欲しいもの」
「そうですね。殿下が先に死んでも遺体は欲しいです」
こいつらが言うと、激重に聞こえるんだよなー……
「まあ、俺的にはお前らより先に死ぬことを願うが、長生きはする」
妻を見送るなんてしたくない。
別に惜しまれなくてもいいから妻、子供、孫に囲まれて死にたいわ。
「ロイドは長生きするから大丈夫よ」
「そうですね。生にしがみつくタイプですもん」
父親と同じ評価を受けてるし……
「そんなことないぞー」
「あなたは死が近づくと、魔術でどうにか出来ないかとそちらの方の研究をしだすわ」
「絶対に止めますけどね。黒魔術中の黒魔術ですよ」
別にそこまでして長生きしたいとは思わんがなー。
そう思わないのはまだ若いからだろうか?
「不死の魔法ってゾンビになるんだぜ? 嫌だわ」
「すでに調べてるじゃないですか…………殿下ー、黒魔術の研究はやめてくださいよー。国によっては即火あぶりですよ」
「わかってるって。色々と魔法を作ってみたけど、コスパが悪いし、もうやめた」
「コスパじゃなくて、倫理を気にしてくださーい。いちいちグロいんですよー」
うーん、奴隷商の店でハゲを血みどろにしたのとブルーノを黒焦げにしたのがマズかったかな?
「もうやんないから」
多分。
「もっと便利な魔法とかを作ってくださいよー。船酔い予防とかー」
「感覚を鈍くすればいいからすぐにできるぞ。ただ、副作用で眠くなるのが難点。お前が海に落ちそう」
「…………やっぱりいいです」
マリアはおそらく自分が海に落ちる姿を想像したのだろう。
俺も想像したし、笑顔から真顔に変わったリーシャも想像したと思う。
「ここで大人しくしてましょう」
「そうだな」
俺達は窓を見るのをやめ、到着を待つことにした。
しばらくすると、船のスピードが落ちてきたため、再び、小窓から外を覗く。
すると、愛おしき陸地が見えていた。
「おー! 陸だー!」
俺が窓を覗きながらそう言うと、リーシャとマリアも小窓にやってくる。
「ホントね! 懐かしい陸だわ」
リーシャも窓を覗いてきたため、また狭くなった。
「狭いぞ」
あと近い。
さすがに慣れてはいるが、リーシャの顔が近いと、ちょっとドキッとする。
「別にいいじゃない」
「イチャついでないで私にも見せてくださいよー」
マリアがそう言って、俺の服を掴んでくる。
「ほれ」
俺は少し顔を小窓から離し、マリアにも見えるようにした。
「わぁー! 陸だー! やっぱり人は陸で生きる生きものなんですよー」
ホント、ホント。
しかし、マリアの顔も近いが、こいつはまったくドキッとせんな。
ほのぼのするだけだ。
まあ、これがこいつの魅力なのだろう。
「――おーい、もうそろそろ着くぞー……って、3人で何してんだ?」
ノックもなしに急に扉が開くと、叔母上が船室に入ってくる。
「陸を見て、感動しているんです」
「やっぱり陸よね」
「空も海ももういいです。陸が一番です」
俺達は叔母上の方を見ずに窓の外の陸を見ながらしみじみと言う。
「お前ら、苦労したんだなー……」
したよ。
「叔母上、船の操縦はいいんですか?」
「アンソニーに任せた。ここまで来たらあいつの方が上手い」
船を港にとめるのは技術がいるだろうしな。
不器用な叔母上は苦手そう。
「もうちょっとかー」
「港に着いたらまずは家に来い。私の子を紹介するし、少し休め」
叔母上、優しい。
「叔母上、温かい食事とベッドは用意してくださいよ」
「…………なんかお前達が可哀想になってきたな」
同情はやめろ。
別に不幸と思ってないから。
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