第083話 また、お前らかい……


 船を動かし始めて、2日が経った。


「…………殿下、今までありがとうございました。殿下に愛され、殿下に尽くせたことはこのリーシャ・スミュールの人生で一番の幸せでした」


 リーシャが操舵室で横になりながら何か言ってる。


「…………殿下、正直、ロクな目に遭いませんでしたが、奴隷商から助けていただいたことには感謝しております。あの時からずっとお慕いしておりました」


 ずっと?

 短くね?


「…………お前ら、自分に酔ってるだけだろ」


 芝居がかってるし。


「…………お腹が空いたわ」

「…………死にくなーい」

「同じ気持ちだわ」


 最後の食料を食べ、船を動かし始めて2日。

 俺達はあれから水だけで過ごしている。

 そして、船や陸どころかなーんに見つけていなかった。


「辛いなら船室で寝とけ」


 それで多少は腹の減り具合も紛らわせることができるだろう。


「寝たらそのまま起きそうにないわ」

「というか、殿下は大丈夫ですか? ずっと船を動かしておられますけど……」


 大丈夫なわけがない。

 腹が減ってるし、実はちょっと前から眩暈がしてきている。

 だが、俺が倒れたら本当に終わりだろう。


「お前らより先に死ぬ気はないわ」

「殿下ー、私が死んだら食べていいですよー……」


 カニバリズムは勘弁だなー……


「いらん。お前は不味そう」

「絶対に美味しいですってー。ぶどうの味がしますよ」


 しねーよ。


「無理にしゃべるな」

「しゃべってないと意識が飛びそうなんですー……あーあ、子供を産みたかったなー……」

「俺にそんな元気がないわ」


 身体が動かない。


「殿下のえっちー……」

「冗談だよ」

「おもしろくないですー……あー、二コラさんのところの魚料理が恋しい」


 そういうことを言うな。

 魚料理が頭に浮かんできて苦しくなる。


「魚なんかその辺にいるのにねー…………捕まえることができないのが悔しいわ」


 リーシャが無念そうに言う。


「漁船だったら網とかあったんだろうけどな…………釣竿もねーよ」


 軍船だからあるのは武器くらいだ。


「砲台が1つあったわよね? クジラでも撃ってよ」

「弾がない」


 この船は小型船とはいえ、大砲が1つだけ設置されている。

 だが、砲弾は基地内で管理していたようでこの船には積んでいないのだ。


「テールは本当に使えないわねー」

「ホントだよ。目の前にクジラがいるのに撃てない」


 俺は前方の海に見えているクジラを見る。

 まあ、あれに当たるかも怪しいし、そもそもどうやって大砲を撃つのかも知らないがな。


「ですねー……あんなに大きいクジラだったら数ヶ月は生きていけるんですけどねー」


 マリアも前方に見えているクジラを見た。


「クジラ? 本当にクジラがいるの? 二コラのイルカじゃなくて?」


 横になっているリーシャが俺達を見上げながら聞いてくる。


「クジラだよ。あんなでっかいイルカがいるわけない」

「そうですよ。あれはクジラです」


 この小型船よりも遥かに大きいし、立派だ。


「へー……クジラかー」

「そうそう……おー! クジラが近づいてきている」

「ホントですねー。立派な船体に大きな帆です…………いや、帆船じゃないですかー!!」


 マリアが大きな声をあげる。


「そうだな…………え?」


 あ、マジだ。

 船じゃん。


「どういう状況よ…………」


 リーシャがよろよろと立ち上がり、前方を見る。


「…………船ね」


 リーシャも船を見る。


「ああ…………そして、帆に見覚えのあるマークがあるな」


 飛空艇に乗って、空賊に襲われた時にも見たドクロマークだ。


「海賊ね……」

「え? ひえ! ナイフ、ナイフ!」


 マリアが慌てて自害用のナイフを探し始める。


「マリア、ナイフはいらん。お前は俺の後ろにいればいい」

「殿下、かっこいい!」


 マリアが俺の服を掴んで称賛してくる。

 でも、服は掴まないでほしい。

 そうやっていると、ゴブリンにやられかけたことを思い出すだろ。


「ロイド、どうする? 相手は完全にこっちを認識してるわよ」


 リーシャが言うように海賊船は真っすぐこちらに向かってきていた。


「こんな小船を襲うメリットはなさそうなんだがなー……」


 空賊といい、なんで来るかね?


「忘れたの? この船はテールの軍船なのよ。海賊からしたら敵もいいところよ」


 あー、そういやそうだ。


「こんなところにこんな小船の軍船がいたから確認のためかね?」

「多分、そうでしょ。漂流したと思うのが普通」


 まあ、俺でもそう思うな。


「よっしゃ、白旗をあげるぞ。あいつらが乗り込んで来たら白兵戦だ…………いけるか?」


 俺はよろよろのリーシャを見て、不安になってきた。


「……いけるわよ」


 こりゃ、無理だ。

 捕まるのがオチ。


「リーシャ、斬り込まなくていいから近づいてきた敵だけを斬れ」


 俺の魔法でやろう。

 海賊は空賊とは違い、そこそこ強いが、さすがに魔術師はいないだろう。


「…………わかったわ」


 俺はリーシャが頷くと、マストに登り、白旗を設置する。

 そして、錨を下ろすと、操舵室に戻った。


「白旗を出したのに撃ってくるなんてないですよね?」


 マリアが不安そうに聞いてくる。


「沈める気があるなら最初から砲弾を撃ってきてる。こんな小船にそんなことはせん。賊の目的は積み荷だからな」


 積み荷が沈むようなことはしない。

 どっかの空賊はお構いなしだったけど。


「積み荷…………そんなものはないですよね?」

「お前達という最高の積み荷が乗ってる」

「く、来るなら来い! エーデルタルトの高潔を見せてやるぅ!」


 マリアがナイフを取り出した。


「大丈夫だっての。腹は減っているが、賊を瞬殺できる魔力は十分に残っている。逆に食料と金銀財宝を奪ってやるわ」


 あの規模の船なら食料はたんまりあるはずだ。


「ロイド、数人は生かしなさいよ。陸まで案内させないといけないからね」

「それもそうだな」


 食料確保のことばかりを考えていたが、大事なのはそこだ。


「…………すごい! 今日ほど御二人の勇ましさが頼りになるなと思った日はありません」


 そうだろう、そうだろう。


「海賊ごとき燃やし尽くしてやるわ」

「ロイド、マリアに良いところを見せようという気持ちは尊重するけど、間違っても火魔法はやめてね。船が燃えたら大変だし」


 あー……確かに。

 船を傷つけない魔法を選択する必要があるなー。

 めんどくさい……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る