第070話 急転
俺とマリアは海を見終えると、来た道を引き返さず、魚臭い漁港を抜けて市場の方に向かった。
単純に宿屋に戻るのにはこちらの方が近いからと思ったのだが、市場に着いて後悔した。
市場は人で溢れていたからだ。
「すごい人ですねー……」
マリアも驚いている。
昨日も人は多かったが、今はどうやって歩いているのかもわからないくらいに人がいる。
「奴隷目当てか?」
「男性が多いですから多分……」
ひどいね、これ。
「引き返すか? これを通りたくはないだろ」
貴族令嬢は男に触れられたくないだろうし。
「うーん……あ、こっちから宿屋に抜けられませんかね?」
マリアが建物と建物の間の裏道を指差す。
「あー、行けるかもな。道は大通りだけじゃないし」
「じゃあ、こっちですね」
「そうするか……」
俺はマリアが指差した裏道に入っていく。
裏道は薄暗くて細い道ではあるが、人が一人通れるには十分な幅はあった。
「こっちは人がいないな」
「ですねー」
俺達が裏道を進んでいくと、曲がり角があったので宿のある方の左に曲がる。
曲がった先には明るい道が見えており、地理的には宿屋がある大通りだと予想できた。
俺はそのまま大通りに向かって進んでいく。
「普通にこっちの方が近いなー」
人影も少ないし、船を奪う際はこの道を使ったほうが良いかもしれん。
「お前、宿屋に着いたら先に風呂に入っていいぞ」
ちょっと海を見ただけだが、微妙にベトベトする。
髪が長いマリアはもっとだ。
「…………マリア?」
俺はマリアの返事がないことを疑問に思い、マリアがいる後ろを振り向く。
だが、そこにはマリアどころか誰もいなかった。
「ん?」
俺はどうしたと思いながら引き返し、さっき曲がったところまで戻る。
「あれ?」
曲がり角を曲がったのだが、そこにもマリアはいなかった。
「………………チッ!」
俺はようやく事態に気付き、走って元の市場まで戻った。
市場がある広場まで戻ると、左右を見て、マリアを探す。
だが、どこにもマリアの姿は見当たらなかった。
クソッ! 失敗した!
マリアを後ろに歩かせるんじゃなかった。
貴族が王族の前を歩くなんてことはないから何も思わなかったが、こんな治安の悪い町ではマリアを前に歩かせるべきだった。
どうする!?
マリアが一人で何も言わずに俺から離れることはないだろうし、間違いなく攫われたのだろう。
まだそんなに遠くには行ってないし、探すか?
だが、どこを?
俺は市場や漁港がある方の大通りを見るが、マリアも怪しい人もいない。
「行くなら漁港の方か?」
俺は漁港の方に走っていき、漁港までやってきたが、そこには暇そうな釣り人しかいなかった。
俺は釣り人のもとに向かう。
「おい、黒髪で白い服を着た女の子を見なかったか?」
俺は暇そうに釣りをしている男に聞く。
「女? ん? あー、さっきの子か? お前といただろ」
そりゃ、俺達はここを通ったからな。
「その後だ」
「いや、通ってないと思うぜ。通ったのは船乗りのおっさんくらいだ」
チッ!
こっちじゃないか!
「感謝する」
俺は礼を言うと、再び、市場まで戻る。
もちろんだが、そこにマリアはいない。
俺はふと、さっきの裏道を見る。
そして、裏道を歩いていくと、道の途中に扉があり、何故か開きっぱなしだった。
扉の中は倉庫になっているようで人が何人かは入れるスペースは十分にあった。
「クソッ!」
俺は思わず壁を叩いた。
ここに隠れてやがったのか!
ここを離れるべきではなかった!
「もう遅いか……」
扉が開きっぱなしということはそういうことだろう。
俺は宿屋に戻ることにし、裏道を走っていった。
そして、宿屋に着くと、扉を開け、そのまま走って階段を上っていく。
「お客さーん、どうしましたー? あれ?」
俺はニコラを無視して階段を上がると、部屋の扉を開ける。
部屋では居心地が悪そうにテーブルに座るララとバスタオル一枚でベッドに腰かけ、ワインを飲むリーシャがいた。
「ノックくらいしなさいな。わたくしがこんな姿で…………マリアは?」
リーシャは微笑みながら文句を言っていたが、息が上がった俺を見て、察したようだ。
「いなくなった。多分、攫われた」
「状況を詳しく教えて」
リーシャは立ち上がると、飲んでいたワインをテーブルに置く。
「買い物帰りに海に寄って帰ったんだが、帰り道の市場が混んでいた。だから裏道を通ったんだが、角を曲がったところでマリアが消えた。すぐに探したが、見当たらず、元の裏道に戻ったら不自然に開いた扉があり、中の倉庫は空だった」
「ハァ……確かに攫われたと見ていいわね……」
リーシャがため息をついた。
「どうする? しらみつぶしに探すか?」
「難しいわね。もう外にはいないだろうし、どっかの建物の中よ。そうなったら探しようがない」
「じゃあ、どうする!?」
俺はつい、声を荒げてしまった。
「落ち着きなさい。私達はこの町に詳しくないし、詳しい人に相談しましょう」
リーシャはそう言うと、ベッドまで行き、身体に巻いているバスタオルを取った。
「詳しい人? 誰だ?」
「私達が相談できるのはルシルだけよ。ギルドに行きましょう」
素っ裸になったリーシャはそう言うと、服を着だす。
「ルシルか…………確かにあいつは俺達がエーデルタルトの貴族のことにも気付いていたしな。それしかないか…………ララ、お前はここで待機してろ。腹が減ったらニコラに言え」
「は、はい!」
ララが激しく何度も首を縦に振る。
「…………マリアから目を離すべきではなかった」
「仕方がないでしょう。わたくし達は殿下から目を離さないようにはしますが、逆はないですからね」
王族だから仕方がない、か…………だが、今はそんな状況ではない。
身分に関係なく、男が女を見ているべきだった。
ましてや、マリアは対抗手段を持っていないのだから。
「チッ! 自害ものだな……」
「まだ気が早いわよ…………さて、行きましょう」
リーシャは服を着終えると、髪を払い、外套を持った。
「ララ、留守は任せたぞ」
「は、はい。いってらっしゃいませ」
俺とリーシャは部屋を出ると、ギルドに向かった。
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