第054話 人を信じてはいけません


「こっち。ついてきてくれ」


 ベンがそう言って、ティーナと共に歩き出したため、俺達も2人についていく。


「逃げてきたっていうのは何人いるんだ?」

「60人いる」


 多くね?


「よくそんなに逃げられたな」

「逃げてきたというより、10日ほど前にアムールに行く途中で船が沈没したんだ。そこから泳いで生還してきたのが俺達だ」

「生還できたのはお前達だけか? 商人は?」

「陸までかなり距離があったからな。人族の体力では厳しいと思う」


 人族は溺れ死んだか……

 海は怖いなー……


「それでそんなに人数がいるわけか。数もそこそこいるし、捕らわれた仲間を救出したいわけだな?」

「そういうことだ」


 無謀だねー。


「そんなに人数が多いと、食料を集めるのが大変だろ」

「幸い、タイガーキャットが異常な数いるから問題ない。問題なのは武器だな」


 町に潜入するにも武器はいるわな。


「武器屋を襲撃するか、兵士から奪え」

「そうするつもりだ。だから町の情報が欲しい。俺達はあの町を知らん。見つかれば捕まるし、行動は最低限かつ迅速に行いたいんだ」


 時間をかければかけるほど不利になるしなー。


「ちゃーんと逃げる前に火を放つんだぞ。火を放てば民衆はパニックになるだけでなく、消化要員もいるから追撃の数も減る。俺が後で着火の護符をやろう」


 例のやつ。


「なんでそんなに火をつけたがるんだ? お前らと同じ人族だし、民衆は非戦闘員だろ」


 はい?


「同じ? 貴族が自分達と平民を同じと思うとでも思ったか? ましてや、税も払わない他国の民だぞ。そんなもん知るか。燃やせ、燃やせ。俺達がやると問題だが、お前らがやる分には何も問題がない。虐げてきた奴隷に復讐されたバカな国で終わりだ」


 町の東くらいで放火させよう。

 そうしたらギルドにも宿屋にも迷惑は掛からない。


「人族の考えることは理解できん」

「バカだなー。誰も他人の考えることなんかわかんねーよ。そんなんだからこんな目に遭うんだぞ。信じられない者は敵。利用するだけ利用しろ」

「…………お前達も俺達を利用しているのか?」


 えー……


「当たり前だろう。脳みそまで獣になるな、アホ。俺達に利があるから金も持ってないお前達に力を貸すんだぞ。俺達はお前達を利用する。お前達も俺達を利用する。それで何か問題があるか? 俺達は敵でもないが、友達でもないんだぞ」

「そうか…………貴族の考えかエーデルタルトの考えかはわからんが、敵が多そうだな」


 うーん、貴族かな?

 どこの国の貴族も似たようなものだろう。


「敵の方が多いぞ。だが、それは仕方がないことだ。お前達も平和なんか諦めて、国に戻ったらテールと戦え。いつまでも搾取される側ではいかんぞ」


 戦争しろ。


「我らがテールと戦って喜ぶのがお前達エーデルタルトか?」

「そうだ。多分、援助してくれるぞ」


 こういう敵国の不穏分子に援助することはよくある。

 こっちは被害がないし、楽になるだけだからだ。

 デメリットもなく、メリットが大きい。


「そうか…………まあ、その辺はこれが終わってからだな」

「そうしな」


 俺達はそのまま2人についていくと、木が極端に少ない広場のようなところが見えてきた。


「すまんが、ここで待っててもらえるか? 説明をしてくる」


 まあ、いきなり俺達が現れたらパニックになるかもしれないしな。


「わかった。ティーナ、お前は残れ」


 俺はベンに向かって頷くと、ティーナを見る。


「え? 2人で説明した方が良いと思うんだけど……」


 やはり2人で基地に行くつもりだったな。


「ホントにバカだな。ここは1人を残すのが常識だぞ」

「なんで?」

「人質。お前らが裏切ったらどうする?」

「そんなことはしない」


 知るか。


「さっきの話を聞いていたか? 俺達を信じるな。俺達に信じてもらおうとするな」

「…………ティーナ、お前は残れ」

「…………わかった」


 ベンとティーナは微妙な顔をすると、ベンがティーナを残し、そのまま進んでいった。


「本当に素直というかバカね。私達がこのまま売れそうなティーナを攫うと思わなかったのかしら? 女子を置いていく男子なんて最低よ」


 リーシャが呆れたような顔をする。


「え?」


 リーシャの言葉を聞いたティーナが絶望したような顔をした。


「そういうこともありえるということだ。考えることを放棄するな。疑え。自分達がどういう行動をしたら相手がどういう行動をするかを予測しろ」

「…………わかった」


 大丈夫かね、これ?


「ロイドさん、獣人族の奴隷救出を囮に使うんですか?」


 マリアが確認してくる。


「そうだ。こいつらが奴隷を救出すれば兵は町の南にある門に行く。俺達はその隙に北の港から船を奪い、おさらばだ」

「上手くいきますかね? 奴隷の救出って簡単ではない気がしますけど」

「そうなるように情報を流し、手助けするわけだ。なーに、失敗したとしても囮としては十分だ」


 兵を南に誘導させることはできないだろうが、獣人族の身体能力なら鎮圧にも時間がかかる。


「獣人族に火をつけさせるより、あちこちに例の着火の護符を仕掛けた方がよくない? 確実に放火して、獣人族にヘイトを買ってもらいましょうよ。そうしたら絶対に追うと思うわ」


 さすがは下水。

 考えることが下水だ。


「…………こいつら、クズだ。これがエーデルタルトの貴族か…………」

「私は違いまーす。庶民からは聖女と評判」


 自分で言うな。

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