第045話 イルカもクジラも一緒
ギルドを出た俺達はルシルに言われた通りに右に向かって歩いていった。
そして、そのまま歩いていくと、家屋のない開けた広場に出たのだが、屋台や露店商が大勢おり、それを目当てにした多くの客が集まって賑わっていた。
「人が多いわねー」
「リリスより小さいですが、活気はここの方が上ですね」
確かにすごい。
リリスも栄えた町だとは思うが、ここまでの活気はなかった。
奴隷市があるおかげかもしれないが、交易の町ということが大きいのだろう。
それにここにいる客も商人もこの町の人間ではないと思われる者が多い。
その証拠に異国っぽい服装をした者や肌の色が異なる者達をチラホラ見る。
「ある意味、よそ者の俺達が目立たなくていいな」
「そうね。今なら色んな所から人が集まってきているだろうし、物見遊山の観光客を装いましょう」
それがいいな。
「後で見に行ってもいいですか?」
市場を楽しそうに眺めていたマリアが聞いてくる。
「そうだな。宿にチェックインしたら行ってみよう」
下手に宿屋に引きこもるより、そっちの方が目立たないだろう。
「やったー」
「あなた、こういうのが好きね」
リーシャがマリアを見る。
「楽しいじゃないですか。御二人は都会暮らしで色んな商人に会われているでしょうが、私の領地に来るのはワインの買付商人ばかりです」
まあ、マリアの領地はそうだろうよ。
ぶどうやワインが特産なんだから。
「とりあえず、チェックインするぞ。午後からはフリーだし、ゆっくり見よう」
俺はそう言って、ルシルに教えてもらった通りに市場を左に曲がる。
そして、しばらく歩いていると、ブサイクなイルカの看板が立てかけられた建物を見つけた。
「もっとうまく作れよ…………宿屋の名前はイルカ亭と見た」
「下手くそな看板ねー…………まあ、そうなんじゃない?」
「味があって私は好きですよ…………イルカ屋かもしれませんよ?」
俺達は宿屋の名前を予想しながら建物に入る。
「いらっしゃいませー!」
俺達が建物に入ると、若い女が笑顔で元気よく声をかけてきた。
「マリア、あれだぞ」
あれが都会の女の華やかさだ。
「私もあんな感じになればいいんですか?」
うーん、マリアにはマリアの良さがあるしなー。
「やっぱりお前はそのままでいいわ。そっちの方が良い」
癒し、癒し。
「そうします…………できませんしね」
マリアは慎ましいから無理だろうな。
というか、昔から知ってる分、そうなったら嫌だわ。
「お客様ー? どうされましたー?」
宿屋の女が笑顔を絶やさずに聞いてくる。
「いや、なんでもない。泊まりたいんだが」
「すみませーん、今日は満室なんですー」
やっぱりそうか。
「だろうな。俺達はギルドの紹介で来た。ルシルな」
「ルシルさん? え? お客さんAランクですか? そうは見えないような…………いや、そんなこともないか」
女は俺のカバンを見て、判断したようだが、リーシャとマリアを見て、すぐに首を横に振った。
2人は装備品が充実しているし、見た目も良いからな。
そんな2人を連れている俺も必然的に上の冒険者に見えるわけだ。
Eランクだけどな。
「まあ、Aランクではないことは確かだ。その辺は気にするな」
「わかりましたー。では、お部屋に案内させていただきます。3人部屋でよろしかったでしょうか?」
「それでいい」
「では、こちらでーす」
女はそう言うと、受付の隣にある階段を上っていったので俺達もあとをついていく。
「2階か?」
「はい。普通のお客さんは1階ですけど、特別なお客さんは2階です。他のお客さんとのトラブル防止ですね」
「トラブル?」
「ケンカです。実はこの宿の1階にある食堂は酒場を兼ねているんです。ですから泊まっている冒険者とこの町の漁師がケンカしたりします。漁師も気性が荒いですからね」
えー……
この町ってマジで治安が悪いな。
「トラブルはごめんだ。ウチの女共に傷がついたらどうする?」
というよりも、リーシャが剣を抜いて、バッサリ。
「大丈夫です。食事は部屋で食べて構いませんし、何かあれば呼んでいたければ、対応致します。実は2階には私の部屋もあるんです」
女がそう言うと、階段を上り終えた。
2階には4部屋あり、1つの部屋の扉には花が飾ってある。
「あの花が飾ってある扉が私の部屋です。夜でしたらあの部屋に私がいますのでお声がけください。夜遅くても構いませんが、ちょっとお時間をもらうかもしれません」
まあ、寝てるだろうしな。
「残りの3部屋は?」
「一部屋は倉庫です。二部屋が特別なお客さん用ですね。1人部屋と3人部屋になります。お客さん達は奥のこの部屋ですねー」
女はそう言って、奥の部屋まで行くと、扉を開けた。
俺達は部屋に入ると、部屋を見渡す。
部屋はリリスの宿で泊まった部屋よりも広く、きれいである。
それにタンス、鏡台、テーブルも備え付けられており、どれも質が良い。
しかも、ベッドのシーツも質が良く、確かに特別なお客様用って感じだ。
「まあまあだな」
「そうね。こんなものでしょう」
俺とリーシャはうんうんと頷いた。
「2人共ー。それ、やめましょうよー」
マリアが申し訳なさそうに言う。
「あははー! お客さん、お貴族様ー?」
女は笑いながらも核心を突いてきた。
「実は俺は王様なのだ。こいつらは王妃様」
「あはっ! 王様ー。確かに王妃様はおきれいでいらっしゃいますけど、そのカバンはないですよー」
女は冗談だと思ったようで笑う。
「やはりこのカバンだと、嘘もつけんな」
「もうちょっと良いカバンというか、普通のカバンにしましょう」
「まあ、別に貴族に見られたいわけではないからどうでもいい。俺達は冒険者だ」
「ですよねー。ご飯はお部屋でいいですか?」
怪しいと思われたらこうやって誤魔化すのだ。
「だな。食事はいつだ? 俺達はちょっと市場を見に行こうかと思っているんだが……」
「いつでも大丈夫ですよ。昼間は受付にいますし、夜は部屋にいます。声をかけてください。あ、朝食も同様です」
わかりやすくていいな。
「わかった。じゃあ、俺達はちょっと市場を見てくる」
「はーい。何かあったらお声がけくださーい」
「あ、そうだ。ちょっといいか?」
俺は気になっていたことを確認することにした。
「早速ですねー。何でしょうか?」
「この宿屋の名前はなんだ?」
「クジラ亭です」
え……?
なんで?
「クジラ? イルカじゃないのか?」
「あー、やっぱりイルカに見えますかー…………あの看板、私が作ったんですけど、クジラです」
お前かーい。
「すまん。ルシルからイルカの看板が目印と聞いたものだから」
実際、イルカにしか見えなかった。
「いえ、いいんです。皆、イルカって言ってますし、ここもイルカ亭って呼ばれてますから…………」
あんなに明るかった少女の表情が一気に暗くなってしまった。
なんか悪いことしたな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます