第030話 答え合わせ
「無礼ね。実に無礼です。他国とはいえ、伯爵風情がこのわたくしに剣を向けるだけも許されないというのに、あまつさえ、殿下に剣を向けるとは……万死に値する」
リーシャは無表情のまま、手を剣の柄に持っていく。
すると、俺達を囲んでいる兵士に緊張が走った。
俺は剣の柄を掴んでいるリーシャの美しい手に自分の左手を重ね、首を横に振る。
すると、リーシャの頬が少し赤くなった。
「こんな状況で発情しないでくだ――あいた!」
リーシャに抱き着いていたマリアは呆れた様子で見上げ、苦言を呈したが、すぐにリーシャに頭を叩かれてしまった。
「ルイーズとか言ったな? お前、魔術師相手にこんな兵士でどうにかできると思っているのか?」
俺はリーシャとマリアを無視し、領主を見る。
「相手になりませんか?」
「どうあがいても俺の魔法の方が速い」
「では、魔術師には魔術師で対抗するのはどうです?」
領主がそう言うと、部屋に薄汚いおっさんが入ってきた。
もちろん、昨日の変人ことジェイミーである。
ジェイミーは部屋に入ると、まっすぐ領主のもとに行き、領主の斜め後ろに立つ。
「確かに魔術師だ。だが、これでお前が何も知らない素人だということがわかった」
「どういう意味です?」
領主が俺を睨んできた。
「ジェイミーだったか? お前、俺に勝てると思っているのか?」
俺は立っているジェイミーを見上げる。
「まったく思っておらん」
ジェイミーは真顔で首を横に振る。
「どういうことです?」
領主もジェイミーを見上げた。
「ワシとそいつではワシの方が魔術師としての腕は上だ。それに経験もある。だが、そもそもタイプが違う。ワシは研究職のデスクワーカーでそいつは戦闘タイプの魔術師だ。相手になるわけがない」
「…………少しくらいは頑張れませんか?」
「何故、ワシがそんなことをせねばならんのだ? ここに来るのも面倒この上ないというのに」
「くっ! 伯父上に頼った私がバカでした!」
伯父かい……
あー……だからこの変人がわざわざ王都から引っ越してきたんだ。
姪に頼まれたから了承したのだろう。
「帰ってもいいか?」
伯父さんは姪っ子を置いて帰ろうとする。
「ダメです! お前達、下がりなさい!」
領主が兵士達に命じると、兵士達は大人しく部屋を退室していく。
伯父さんもまたどさくさに紛れて兵士と一緒に帰ろうとしたが、執事のネイサンに首根っこを掴まれていた。
「戯れはすんだか? 俺は懐が広いから面白い喜劇だったと流してやろう」
「わたくしはつまらなかったですわ。これならまだ昨日のオークの方が楽しませてくれます」
リーシャって戦闘狂の気があるんだろうか?
「あまり驚かないんですね?」
領主が口元を引きつりながら聞いてくる。
「ここまでが出来過ぎだったからなー」
「というか、わたくし達は一流の貴族です。いちいち表情に出すあなたとは違うわ」
リーシャがまたもやマウント取りをすると、領主の口元がさらに引きつる。
なお、リーシャに抱き着いていたマリアは無言でリーシャから離れると、姿勢を正した。
「そ、そうですか……」
「それで? お前の二流さなんかはどうでもいいが、用があるのは確かなんだろ? 金貨100枚に色を付けろよ。俺らは一流だが、貧乏なんだ」
金貨30枚しかない。
「貧乏の時点で三流な気もしますが、今はどうでもいいです。実は仕事を頼みたいのは確かなんです。もちろん、料金も払います」
「他を当たれよ。俺らに頼むのはお前としてもリスクがでかいだろ」
テールの貴族が敵国であるエーデルタルトの王子や貴族と繋がるって相当なことだ。
というか、国に対する明確な裏切りである。
「それでも頼まないといけないのです」
「ふーん……よほどのことか?」
「はい」
「内容は?」
「空賊の捕縛…………というより討伐です」
あー……そういうことね。
「もうめんどくさいからジャックを出せよ。どうせいるんだろ?」
俺がそう言うと、急に執務用のデスクからジャックが現れた。
「は?」
「え?」
「ひえ」
俺達は急に現れたジャックにびっくりする。
「よう」
ジャックが陽気に手を上げる。
「びっくりしたー。お前、ずっとそこにいたのか?」
「ああ。ずっと机の下にいた。暇だったわ」
だろうな…………いや、部屋の外で待っておけよ!
「リーシャ、気配はあったか?」
俺はリーシャに確認する。
「…………なかった」
リーシャでもわからなかったのか。
「まあ、落ち込むなよ。俺はAランクだぜ。それにこういうのが専門だ」
ジャックはそう言うと、デスクにある領主の席であろう豪華な椅子に腰かけた。
「あ、あのー、なんでジャックさんがここに?」
マリアが聞いてくる。
「そりゃ、全部俺らが誘導されてたからだ」
「そうね」
俺が答えるとリーシャも頷く。
「えっ? ……本当です?」
「お前、ここまで順調すぎると思わなかったか? 森に落ちて途方に暮れてたらAランク冒険者が助けてくれて至れり尽くせり。町に着いたらギルドが良い仕事をくれて金を稼ぎ、依頼主は魔法のカバンまでくれたんだぜ? 俺ら、運が良すぎだろ」
どう考えても都合が良すぎる。
「それで明日にはここを出ようとしたら領主からの依頼だもの。バカでもわかる……いえ、何でもないわ」
リーシャがマリアに気を使ったが、遅かったようだ。
マリアはしょんぼりしながら俯く。
「貴族っていうのは怖いねー。バカっぽかったのにちゃんと考えてる。何よりもそれを顔に出さないのがすげー。俺、上手くやったつもりだぜ?」
ジャックが陽気に笑う。
「上流階級は騙し合いよ。それにあなたは私のことを絶世の嬢ちゃんと呼んだ。これはない」
俺もこれは気付いていた。
なんでリーシャが絶世と知っている?
有名だが、それはエーデルタルトだけである。
何よりも俺達はジャックに自己紹介をしていないのだ。
「あー……そういやそうだな。ほれ、俺、お前らの国に行ったことがあるって言っただろ。だから知っているんだよ。絶世の公爵令嬢リーシャ・スミュール」
「そうだな。そして、もちろん、その婚約者が王子である俺なことも知っているわけだ…………お前、俺らが野宿をしている間にそれを領主に報告したな?」
俺らが平野で野宿をした時、ジャックは仕事があると言って、いなくなった。
あの時に領主に報告したのだ。
「参った。貴族はこえーわ。謝るよ」
「別に謝ることはない。事実、俺達は助かった」
だから特に問題にしなかったのだ。
こいつらがどんな思惑があろうが、俺達は楽にここまで来れたし、金を儲け、魔法のカバンまでもらった。
何の問題もない。
「えっと、つまり、全員グルってことですか?」
マリアが聞いてくる。
「そうだ。もちろん、ギルドのブレッドもだ」
ブレッドを紹介したのはジャック、そして、ジェイミーと領主の仕事を持ってきたのがブレッドだ。
全員、繋がっている。
「ひえー……私、全然わかんなかったです」
「お前にそんなことは期待していない」
貴族は騙し合いだが、マリアは貴族学校でも皆に好かれていたし、身分が低すぎて明らかに敵にならないのはわかっていたからこういう騙し合いに参加することはないのだ。
まあ、だから皆に好かれていたんだろうけど。
「ですかー……」
マリアがしょんぼりすると、リーシャがマリアの肩を抱いた。
「それで? ここまでしてまで頼みたいことは空賊の討伐だったな? もしかしなくても俺らを襲った空賊か?」
俺は領主を見る。
「そうです。一から説明しましょうか?」
「頼む」
なんで俺らが空賊に襲われたのかを知りたいわ。
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