第006話 運は大事


 俺は快適な空の旅を楽しんでいた。

 飛空艇を走らせてから結構な時間が経過しているし、もう国境を越え、エーデルタルトからは出ただろう。


 俺がこのまま何事もなく目的地につけばいいなーと思っていると、甲板の階段から修道服を着た少女が慌てて出てきた。

 少女は甲板に出ると、周囲を勢いよく見渡し、俺がいる操舵室を見上げてきた。

 そして、絶望を感じているかのように顔をゆがめる。


「何をしているんですかー!?」


 マリアは俺に向かって叫ぶと、走って操舵室にやってくる。


「お客様、危険ですので客室にお戻りください」


 俺は乗務員のような口調で告げる。


「で、でで、殿下! ハイジャックって嘘ですよね!? 王宮を放火なんてしてませんよね!?」


 あー……リーシャが説明したのか。


「マリア、本当だ。愛の逃避行のためには仕方がなかったのだ」

「腹いせでしょうが!!」


 まあね。


「しゃーないだろ。あれは事故だ」

「殿下、今からでも遅くないです! 自首しましょう! これ以上、罪を重ねるのはやめて、罪を償いましょう!」

「嫌だわ。もう絶対に後戻りできん」


 放火、逃亡、ハイジャック。

 どう考えても無理。


「殿下ぁー……主よ、この黒魔術師に救いを!」


 主の救いなんかいらねーわ。


「まあ、諦めな」


 俺がそう言うと、マリアがガクッと肩を落とす。

 なお、リーシャはいつの間にか甲板に出ており、甲板の先で仁王立ちしている。


「あ、あの、ついでにお聞きしますが、私が性奴隷になるって本当です?」


 なんだそれ?

 あ、教国の話か!

 あのバカ、そこまでしゃべったんか……


「教国は良い面もあれば悪い面もあるということだ。まあ、さすがに貴族であるお前が性奴隷になることはないと思うが、似たようなことを要求されることはあるかもな」


 遠回しに誘う感じ。


「ですかー……」


 マリアが本当に落ち込んでいる。


「それでも破格な出世になることは確かだぞ」

「嫌ですよ! なんで夫以外の男性に身体を許さないといけないんですか!? そんなことをされたら自害ですよ、自害!」


 この国は貞操観念がきついからなー。


「だったら病むまでヒールだな」

「それも嫌ですよ! 私はポーションじゃないです!」


 そりゃそうだ。


「じゃあ、諦めな。後で実家に送ってやるよ」

「あー……なんでこんなことにぃー……」

「親父さんに良い人を探してもらえ」

「それができたら修道女になんかになってませんよー……食べ物も美味しくないし」


 教会は清貧を謳っているから質素だもんな。


「俺が王様になってたら妾にしてやるんだがなー」

「せめて、側室って言ってくださいよー」


 と言われても男爵令嬢ではなー……

 身分的に無理な気がする。


「まあ、ウォルターの伯父上に頼んでもいいし、弟に手紙も出してやるよ」

「…………あー、黒王子と下水令嬢なんか助けるんじゃなかった…………あ、でも、そうなると、私は教国で…………あれ? 詰んでる?」


 詰んでるな。


「お前ってそういうところがあるよな」

「どういうところ!?」


 こう、なんかやることなすこと上手くいかない感じ。


「大丈夫だって。昔、お前にもらった賄賂もあるし、臣下だからな。ちゃんと守ってやるって」


 実際、あのワインは美味かったしな。


「なんであなた方ってそんなに楽観的なんです?」


 マリアがそう言って、甲板の先で仁王立ちしているリーシャを見た。


「うじうじ悩んでも解決はしないからな」

「ハァ……こうなったらウォルターで出世するか……」


 実家に帰る気はないらしい。


「そうしろ。お前の回復魔法ならいける」

「よーし! 出世して良いところに嫁ぐぞー!」


 なんでだろう?

 こいつが口に出すと、そうなる気がしない。


「そういえば、ウォルターに着いたら殿下はどうされるんです?」

「考えてない。適当に暮らして、陛下が死んだら帰る予定」


 陛下はすでに50歳を超えている。

 あと2、30年で死ぬんじゃね?


「すごい不敬ですね」

「あんなのに敬意は払えん。弟に期待。副王くらいにしてもらって悠々自適に暮らしたい」

「へー……うーん、それだったら妾じゃなくて側室になれるかな?」


 早速、良いところとやら探してやがる。


「それはかなりの賭けだぞ」


 なれなかったらド田舎のミール貴族だ。


「うーん、保留にします。可能性が出てきたらにします」


 何様だ、こいつ?


「勝手にしろ。それよりもあそこでいつまでもかっこつけてる下水を連れてこい。今後のことを話す」


 あいつ、いつまであそこにいる気だ?


「はーい」


 マリアは操舵室を離れると、リーシャのもとに向かう。

 そして、リーシャを連れて戻ってきた。


「話は終わった?」


 リーシャが聞いてくる。


「ああ、マリアも納得した」

「…………納得はしてませんけどね。諦めただけです」


 マリアがやさぐれたようにつぶやいた。


「これからどうするの?」


 リーシャがマリアを無視して聞いてくる。


「このままウォルターを目指したいが、さすがにハイジャックした飛空艇では空港には入れない。どっかで着陸し、徒歩だな」

「徒歩かー……まあ、仕方がないわね。マリア、所持金は?」

「所持金? チケットを買ったし、もう金貨が数枚程度です」


 貧乏だなー。

 まあ、俺とリーシャは金貨どころか銅貨もないけど。


「その辺は徴発で何とかしよう」

「ああ……栄えあるエーデルタルトの王子と貴族令嬢が野盗に……」


 野盗じゃねーわ。


「ロイド、一度、どこかで降りられない? さすがに服や装備を整えた方が…………ん?」


 リーシャが途中でしゃべるのをやめ、上空を見る。

 俺も何かが頭の上を通っていた気がしたため、上空を見た。


「今、なんか黒い物が見えなかった?」


 リーシャが聞いてくる。


「見えましたね…………」


 マリアも気付いたらしい。


「んー……」


 俺はリーシャの問いに答えずに黒い物が飛んできた右方向を見る。

 すると、数隻のドクロマークを掲げた飛空艇が見えた。


「――って、嘘だろ!」

「どうしたの…………え?」

「はい? なんです、あれ? エーデルタルトの追手ですかね?」


 俺が右方向を見て声を出すと、リーシャとマリアも釣られて右方向にいる数隻の飛空艇を見た。


「追手よりタチが悪いな…………あれは空賊だ」


 普通の軍隊はまず警告を出す。

 それをせずに襲ってくるのは空賊だけだ。

 というかドクロマークが描いてあるし、間違いない。


「空賊!? なんでそんな奴らがこんな小舟に!?」

「知るか! この中によほど運がない奴がいるんだろ!」


 俺とリーシャが叫ぶ。


「ごめんなさーい! それは私ですぅー!」


 だろうな…………


 俺とリーシャは憐れみを込めた目でマリアを見た。

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