二人の日常1

 今日は夕方まで孤児院で遊んでいた。静かに本を読み聞かせていることもあれば、外に出て鬼ごっこすることもある。



 子供達は普段から大人達と狩りに出かけたり、学校で刺繍を習ったり、羊毛で布を織ったり、それぞれ自由に過ごし、神官だけではなく、自分で生きていく力をつけるために時間を使う。



「聖女様、今日は泊まっていかないの?」



 一人が聖女様の裾を掴んで上目遣いで必殺技を出した。聖宮はすぐそこなのに、早々にユリエルは今日は帰宅を諦める。



「今日はこのあと用事もないし…みんなで一緒に寝る?」


「ほんと!?やったーー!みんなで片付けてくるよ!」



 まだ神官見習いにもなれない小さな子供は、声をかけながら食堂から出ていった。聖女様が夕食を孤児院で取る予定の時は、料理長お手製の特別メニューになる。子供達も喜ぶので、料理長はいつも気合をいれて準備をしている。



「シャーリー、明日は私と寝ると約束してください」


 ユリエルはスプーンを置き、表情を変えることなく聖女様をみた。


「ふふっいいですよ!明日も明後日もユリエルと寝ます。でも明々後日はアンディと寝る予定です」



 聖女様はそれが面白いかのように笑った。



 ゆっくりと食事をしていたはずの子供達は、あっという間に食事を終えて「ごちそうさま!」と挨拶して、また一人、また一人とお皿を洗い終わると走って食堂から去っていき、今、最後の子供もいなくなってしまった。



 聖女様が夕方に来る日は特別な日、子供達はそう思っている。



「なんだ、夫婦なのに一緒に寝るのが予約制とは難儀だな」



 料理長はコック帽を取りながら二人の前に座った。



「私に子供が出来たら、孤児院で寝ることも暫くなくなります。みんなで寝たら赤ちゃんは押しつぶされてしまうので、今のうちに沢山願いを叶えてあげるべきだと思います」


「うんうん。子供と一緒に寝れる時間は本当に少ない。ここの連中は赤ん坊でも大人の隣で寝ることなんてない。だから聖女様と寝れるのは特別なんだ。聖女様はみんなの母だなぁ」


「私は聖母ではないので、聖姉くらいにしてほしいです」


「ハッハッハッ聖女様は母になっても聖女様と呼ぶべきかねぇ?」



 ユリエルは二人の会話を耳に入れながらデザートに手をつける。料理長と話している聖女様はいつも楽しそうで、少しの嫉妬がいつもユリエルの口を閉ざす。



「聖女様~!おっきいベッドが出来たよー!」


「ユリエル!行きましょう」



 聖女様が子供達と一緒に食堂を出ると、料理長に呼び止められた。



「ユリエル様、近いうちにまた家に遊びにこいよ。娘が会いたがってる。妬けるけど仕方ねぇ」


「遊びには行きます。料理長のいない昼間に。夜に行くと聖女様がまた泊まるといいだすかもしれませんので」


「そこは俺のいる昼間に来いよぉ!朝のうちに夜の下準備まで終わらせるからよぉ」


「検討しておきます。シャーリーの予定も確認しないと…」



 ユリエルは王配としての仕事をしている。補佐だった時とほとんど変わらないが、前よりは随分と余裕がある。書類仕事が得意な側近補佐官に仕事を投げる選択もある。元々の神殿の管轄の仕事は神殿長と神官長が行っている。聖女様も前のように遅くまで書類と睨めっこすることもない。



「ユリエル早く!」



 補佐官だったときは、ほんの少し呼び止められても聖女様の側にいることを選んでいたユリエルも、騎士が聖女様の後についていくのを確認すれば側を離れることも増えた。それでもほぼ全ての時間を共有しているのは変わらない。



「今行きます。料理長、明日の朝食も出張で大変ですがお願いしますね」

 

「料理人はたくさんの料理を作るのが仕事だからよぉ。それに、孤児だった子供が神官になって毎日俺達の料理を食べるのを見れる最高の仕事だ。じゃあユリエル様、おやすみ。俺のフェアリーもそろそろ寝る時間かなー!チャチャっと片付けて早く帰らねぇと」


「そうですね。もう一緒に寝れるのも後少しですよ。ゆっくりと休んでください」



 ユリエルを迎えにきた子供に手を引かれ、子供達の部屋へと案内される。そこには部屋一面がベッドで埋め尽くされた部屋が出来上がっていた。



「へっへーん!ユリエル様、どうですか?また早く準備が出来るようになった。最短記録だ!」



「すごいですね。力持ちだしよく考えられた配置です」



 ユリエルはクシャクシャと子供の頭を撫でた。



「さぁ!みんなで歯磨きをして、早く特別な大きなベッドで寝ましょう!」



 聖女様が声を掛けると、みんなが飛びまわるようにして部屋の外に出た。聖女様もユリエルも一緒に歯磨きをして、そして大きなベッドでくっつきながら横になった。どこに寝るかはじゃんけんで決める。



「聖女様の隣は夫である私です!」


「ユリエル様の隣も争ってるのに困るじゃないか!」


「私の隣になれるかは運次第です」



 ユリエルもいつも必死で子供達に紛れて聖女様の隣を巡って争奪戦をする。そして、勝負がつけば物語当番が自分の好きな話を披露する。途中で分からなくなったらみんなでそれを助けているといつの間にか寝息がそこかしこから聞こえるようになる。寝相の悪い子供達はあんなに張り切って場所を争っていたのに、コロコロと転がって散らばっていた。


「おやすみなさい」


 王配になるまで、ユリエルは聖女様が孤児院に泊まる時は院長室の仮設ベッドで寝ていたが、子供達と寝ることにもあっという間に慣れた。聖女様はいつも一番初めに寝息を立てる。護衛は入口の僅かな空間に椅子を置いてしっかりと子供達も含めて聖女様が危害を加えられないか見張っている。それを確認してユリエルも目を閉じる。



 信じられる人が日に日に増える。信じすぎてもいけない。でも、信じることも大切なのだ。聖女様と二人で寝る日も、そうではない時も、ユリエルが一人で寝ることはなくなった。




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