聖女と家族

 今日はアンドリューにプレゼントを買ってきました。なんと、キリンの形をしたらぬいぐるみです!キリンというのは首が長く、黄色くて、大きくて、顔は馬のようなとても変わった生き物のようです。南の暑い国にいるそうです。初めてこの動物のぬいぐるみを見た時に一目惚れをしてしまいました。



「うぃうぃうぃ」


「アンドリュー!お姉ちゃんですよ!ぬいぐるみをプレゼントします!」


「おや、結局アンディとは呼ばないのかい?」


「アンドリューが自分の名前を覚えてから愛称で呼ぶのがいいと思います。母もアンディと呼ぶのはまだ早いです」


「ううん一理あるね。でも小さいうちはアンディって覚えてても問題ないだろう。シャーロットも「ロッティはお腹が空いた」ってよく言っていたよ?」


「私にも愛称があったのですか!?」



 衝撃の事実でした。栞屋が言うには、貴族の中では確かにファーストネームを呼ぶのは相手の許可がいるが、時と場合によっては名前で呼ぶ方が分かりやすい時があると。だから、絶対にファーストネームを呼ばせないわけではないし、もっと気軽に仲良くなれば名前で呼ばれるのだそうだ。だけど、愛称で相手を呼べるのは、本当に親しい家族や恋人だけなのだという。私が特別だと思っていたのは名前ではなく、愛称の間違いだったのです。なので、栞屋のことも許してあげました。私の大事な愛称はまだ、誰にも呼ばれていないのですから。



「小さい頃はシャーロットのことはロッティと呼んでいたし、シャーロット自身も自分のことをロッティと呼んでいて可愛かったんだよ」


「ロッティ…確かに響はかわいいですね…なら、アンディでもいいかもしれません。家族だから愛称で呼ぶのはおかしくないのですよね?」


「あぁ!私は小さい頃レイって呼ばれてたしね」



 全てのことを本から学ぼうと思うととても難しいものです。淑女教育本には、ファーストネームでは呼ばせないと書いてありましたし、愛称というのは一欠片も記載はありません。アン様や栞屋と話すようになってから、私は本当に多くのことを学んでいます。



 アン様も領地に帰り、寒くなってきたのを肌で感じる季節です。アンディはプニプニとして丸く、柔らかく、何時間見ても飽きません。




「聖女様、お時間ですが、森へ行かれますか?」


「はい。アンディ、また来ますね!母もたくさん寝てくださいね!」


「はいよ。夜は乳母が診てくれるから心配いらないよ。夜になるとわんさか人が来るんだ」


「それは良かったですね。安心して寝ることが出来ます」



 私はそろそろ決断を迫られています。ユリエルをアンドリューにつけるか。ですが、教王補佐に別の人がつくことになるのは、やはり想像もつきません。



「馬車がご用意できております」


「はい。ユリエルは…いえ、今日はついてきてください」


「よろしいんですか!?」


「はい」



 ユリエルを連れて森へ行くのは初めてのことです。神殿にユリエルを残す方法を考える日々からの解放の日でした。きっと、栞屋に名前を与えられる日も近いです。



「え、入ってもいいんですか?」



 栞屋に着いて、騎士団長に何も声をかけずにいると、騎士団長も驚いていました。二人とも今まで不審には思っていたと思うのに、何も聞かないでくれたことにはとても感謝しています。

 


「こんにちは栞屋。今日は二人はいないのですか?」



 今日は馬車の音に気付いて出迎えてくれる子供達は出てきませんでした。



「あぁ、あいつらは日が短くなると朝一番で森に来るんだ。取れる木の実が変わるんだよ」


「なるほど。でもちょうどよかったかもしれませんね!」



 栞屋は戸惑いながらも子供達と話す時のようにフランクに話してくれます。私が希望したので、失礼なことは何もありません。



「ユリエル、騎士団長、彼は栞屋の王子です」



 私が紹介すると、栞屋は立ち上がってフードを取りました。私もフードを取ったところを見るのは初めてですが、無精髭を生やしたまま髪も後ろに括って伸ばしたい放題です。栞屋は髪の毛は短い方が似合うと思いました。



「王子とはまさか!」


「まさか…」


「皇太子殿下だった人ですよ?」



 隠していただけあって、バレていなかったようです。来週には神殿長と会う予定があるので、そろそろ話しておかなければなりませんでした。



「聖女様、少しこちらへ」



 ユリエルはまだ信じられないとでも言うように、私を呼び寄せます。



「王子だと言うことは理解できました。が!!!どうするおつもりですか?婚約破棄された方とだなんて…流石に私は反対ですよ?」


「聖女様、俺も考え直した方がいいと思いますぜ?俺はあいつの護衛なんてお断りです」



 二人は怖い顔をして詰め寄ってきますが、話が全く理解できません。



「シャーロット、お前は言葉が「シャーロット!?だと!?」」



 初めてユリエルがこんなに話しているのを見たなと思いながら、止まらない二人の話を聞いていました。右から左へ、上から下へ聞き流し垂れ流し、口を挟む隙すらもないので、落ち着くのを待つのが賢明です。時には体を揺さぶられながらも私はじっと目を瞑りました。



「栞屋のことは嫌いではありませんが、結婚をする予定はありません。どうしてそんなことを考えたのですか?」



 ため息すら出る非常事態です。私は無実の罪で怒られていたのですから。



「家族に紹介したいと…」


「紹介なんて私は一言も…会わせたいと言ったのでは?覚えてないですけど」



 こうして私はプリプリと怒りながらも状況を説明しました。王子は国王や王妃だった人たちが死んでいると思っていたこと、逃走したあの日から森で十年生活していること、捕まったら殺されると誤解していたこと、分からないことは王子からも直接話してもらいました。



「人を殺したわけでもなく、善良な領民である栞屋です」



「いやでもしかし、国民が許さないでしょう。国王ヘリエスと王妃カレンティアは隣国で監視されながら見習い神官として神に仕えています。聖女信仰だと言って聖女様を悪に仕立てる組織もいるのに、野放しにはできません」



 ユリエスはとても頭が硬いのです。確かに対立勢力となれば争いの種になりますが、森で生活していたというのは島流し…とは違い環境が甘いですが、同じような罰だったとも言えます。税が上がり、国民が国王や皇太子を認めなかったのも事実です。しかし…



「行いを改める者に神は赦しを与えます。私も、すでに赦しを与えているのです」



 その日では話はまとまりませんでした。神官長や神殿長も交えて極秘の話し合いを何日も、何時間も行い、王子が神殿に来て正式に彼が元皇太子のエリオットであると確認されました。



それから一ヶ月後の雪の降る中、エリオットは父親と母親との対面を果たしました。私は成人していましたが、当時、彼はまだ十五歳の誕生日を迎えていなかったので、大人になってから初めて親と会ったのです。



「ユリエル、親子とはいいものですね」



 孤児院には親に捨てられてしまった子、親が死んでしまった子、色々な事情で親と会えない子供がいます。親がいるのに会えないのはとても悲しいことなのです。



「はい。この親子に限っては、こちらも仕事をした甲斐があったと思えます」


「自分の子供というのは、弟や他の子供とは何が違うのでしょう」


「難しいですね。いつか分かる日が来るのかもしれません」



 元王子はそのまま死亡が確認されたと、正式に記録されることになりました。エリオットは死に、居住地の報告の義務が課せられましたし、定期的な居住確認もあるそうですが、特別に王領内での居住が許されました。




 抱き合う親子を見たあと、私はアンドリューと母の元に駆けた。




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