ユリエルと騎士団長の狼狽

「おいっ!ユリエル様よぉ、面貸せや」



 朝、聖女様の部屋で侍女の入れたお茶を飲んでいると、なんだか気の立っている団長に有無を言わさず部屋から引き摺り出されました。聖女様もビックリしています。



「なんでしょう?」


「なんでしょうってお前、聖女様とはどうなってんだ」


「どうなっているとは?」



 騎士団長にこんなに手荒な真似をされたのは初めてですが、全く心当たりがなく、首を傾げることしかできません。



「場所を移すぞ」


「ならこちらへどうぞ」



 聖女様の部屋の目の前は私の私室。それほど興奮する話ならば長くなる事を覚悟しますが、私と騎士団長も両方が聖女様のお側を離れるのは気が向きません。普段仕えている侍女すらも怪しむのが私たちの役目です。



「手短に言う。聖女様が最近森へ行っているのは知っているか?」


「もちろんです。週に一度、多い時には二度、森へ行かれているのは承知しています」



 聖女様は最近、森の栞屋がお気に入りで、わざわざ時間を作ってまで森へ出掛けていきます。私が休暇をとっていない時は、わざわざ私に別の仕事を頼んでまで行かれるのでとても不思議に思いましたが、騎士団長が側にいれば街には出ていいと決まっているので、泣く泣く留守番をすることになります。


 森に行った日には、栞屋で子供と本を読んでいると話してくれるので、心配することはなさそうだと思っていたのですが…



「男の身元は割れてんのか?神官長に報告したのはもう一月前だぞ!?」


「男とは誰のことですか?」



 聖女様が言う栞屋のことだろうか?それとも不審者が彷徨いているのか、どちらの報告も受けていない。



「店主だ。いつも黒いマントで顔を隠してるが、そう歳じゃねぇ。俺よりは若いことは分かる」



 これは本当に長くなりそうだと判断したので、聖女様には部屋で待っていてもらうようにし、部屋を出る際は必ず声を掛けるようにと侍女に指示を出した。向かいの部屋のことだから、対応が出来るはずです。



「詳しくお願いします」



 森の奥で商いをしているのに、客は一人も見たことはなく、いつもマントで顔を隠している。というだけでも怪しいが、聖女様は騎士団長を店の外に必ず追い出すという。外で子供達と遊んでいるのは許可をするが、決して店には入れてもらえない。男の素性を暴こうにも捜索の許可どころか連絡がないならば、神官長か神殿長で報告が止まっているということだ。



「私が許可を出しましょう。現状の最重要案件で対応します」


「話が早くて助かる。俺を追い出しても騎士は二人がついているからそれ程心配はいらないが、聖女様は店主のことをどうやって補佐様に話してんだ?」


「何も聞いていません。敢えて話していないと確信できるほど、何も…」


「お前、聖女様と出来てるんだよなぁ!?」


「は?何ですかそれは…」



 騎士団長はいつも聖女の護衛をしていて毎日一緒にいるのに、どこでそんな勘違いをしたのか、見当もつかない。



「何ですかって…お前、聖女様と一緒に寝ていたりするだろ!?」


「聖女様には口止めをしたのですが…聖女様にはもっとしっかりと説明するべきでしたね…」



 聖女様は孤児院の子が聖女様と一緒に寝たいとごねるのと同じように、何の警戒心もなくベッドに入ってくる。いつかこうなるとは分かってはいたが、知らぬふりをしていた私に全ての責任がある。



「聖女様は何も言ってない。俺ら騎士は耳がいいんだ。右と左どっちのドアが開いて、どっちのドアがしまったかなんて意識すればすぐに分かる。ノックだってそうだぞ?神官や騎士達の間じゃ、お前達が結婚するもんだと思ってる。まさか、貴族出身のお前が、男女が同じ部屋で過ごす意味が分からなかったなんて言わねぇよなぁ?」


「私たちの間には何も無い。それが事実です。ですが…いえ、この件は聖女様の名誉に関わりますので、私がまず聖女様に説明をします」



 私が責任取り神職から退いたとしても、聖女様の名誉が挽回出来るはずない。まずその噂というのを止めるのが先だ。それはまだどうとでもなるが、聖女様が意図的に私と騎士団長を森の男から遠ざけているのが気になる。



「本当に聖女様には手を出していないんだな!?」


「はい。そんなことがあれば神が黙っていません。私が生きているのが証拠となるでしょう。聖女様が幼い頃から続いていたので、ズルズルと続けてしまいましたが、これで区切りと出来そうです。今日から聖女様の部屋の前に護衛を二人つけるようローテーションの変更をお願いします」



 それから私は森の男について調べたが、全く情報がなかった。いつから森にいたのか証言できる者が見当たらず、恐らくここ五年位に住み着いたのではないかと言っていた。森の入り口ができたのが五年くらい前だという。文字の読み書きが出来るというので、追放貴族かと思ったが、該当するものはいなかった。




「ユリエル、栞屋を神殿に呼ぼうと思うのだけど、いつ呼んだからいい?神殿長も一緒の方が話が早いのだけど…」



 ニコニコと笑う料理長の前で昼食を取っていたら、急に聖女様が緊張感もなく言うので、私と騎士団長の背筋に電撃が走った。店の中で二人の様子を伺わせている騎士達によると、何やら親密に小声で話すのが日常で、たまに店主は泣き出すこともあるというが、神殿にまで招くまでになるとは…



「栞屋を呼んでどうするのですか?」


「家族に会わせたいの。王子様なので」



ーー神よ、どうしてこういう時には一言もお話にならないのですか…



 私は涙が出てしまいそうでした。聖女様がもし結婚相手を見つけてきたら、結婚生活を支えるのが私だと思っていました。その相手が平民でも関係ないと考えていましたが、いざ本当に平民の森の木こり小屋に住んでいる男だと分かると、声すらも出せませんでした。



「おぉ!聖女様は王子様を見つけたのか。すごいじゃないか」

 

「はい。褒めてもらいたいです」



 そこからの料理は味がしませんでした。騎士団長はもう料理に手をつけることも出来ていないようです。料理長は聖女様を褒め続けますが、喜ばしいことのはずなのに、喜びの感情は一切湧き上がりません。



「早々に手配しましょう…」



 私はこの地獄で生きていくのかと思うと胸が張り裂けそうでした。美しく成長された聖女様の隣に、自分以外が立つことがこれ程恐ろしいことだとは思ってもいなかったのです。

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