第44話 決着
半ば無意識で術者を見れば、彼の顔は笑顔を張り付けたまま固まっている。
下に、視線をずらせば、彼の胸にから太い針のような突起が見える。
ウルリヒは鷹揚なしぐさで肩越しに振り返った。
「ライン、ハルト様……我が主……愛して、います」
ウルリヒの背後には、ラインハルトの横たわる台座があった。
先程まで黒い靄に包まれ、眠るように横たわっていたラインハルトは今、上体を起こし彼の腹心ともいうべき男の胸に、背中からレイピアを突き刺していた。
それは、ウルリヒが手にしていたものだったはず。
ラインハルトの傍には、背を丸め、荒い呼吸を繰り返す、苦し気なエラの姿がある。
エラが拾い上げ、ラインハルトに手渡したに違いない。
魔王城でリーネに優しくしてくれた二人が無事なことに安堵すると同時に、胸がひどく苦しい。ラインハルトはウルリヒの命を奪ってしまった。崩れ落ちるウルリヒに、リーネは目を向けることができず、目を堅く閉じ、顔を背ける。
とたん、頭に温かな手が乗せられた。驚いて顔を上げれば、わずかにほっとしたような表情のエーヴァルトがいた。手にしていた剣は既に鞘に戻っている。
「探した」
冷ややかな声音なのに、どこか温かみを感じるのが不思議だった。
じわりと温かいものが胸の内に生まれ、絶望や恐怖を包み込んでしまう。
「血みどろですね、さすが魔王城」
うんうんと頷きながらルーカスが歩いてくる。
「何に感心しているんだい?」
その隣には、にこやかなマルクがいる。
みんな無事だと思うと、自然と頬が弛む。
が、視線を感じ、顔を上げれば、台座の脇にラインハルトが佇んでいた。
揺れる漆黒の瞳に見つめられ、さっと心が冷え込んだ。そして、別の感情が再び顔を出す。
「クリスティーネ、危ない目に遭わせてすまなかった」
「ラインハルト……」
リーネは目を伏せ、細く息を吐いた。それから意を決したように立ち上がり、きりっと顔を上げる。とたん、ドレスの重みを感じだ。
「大丈夫です。それより、ラインハルトこそ」
ラインハルトは優し気に目を細める。
「心配いらない。私は傷一つ負っていない」
言って、彼は手を差し出した。
「おいで、クリスティーネ」
穏やかな表情の中に、泣き縋るような漆黒の瞳を見つけ、リーネの心は決まった。
そして、一歩踏み出す。石床を擦るドレスの音がやけに大きく響く。
「⁉」
驚いたように目を見張るのは、リーネの傍にいたエーヴァルトたちだ。
魔王の元へ行こうとするリーネの手を、エーヴァルトはすかさず掴んだ。
「おいっ、どういうつもりだ?」
「私、行かないと」
「何を馬鹿なことを! 正気か⁉」
「そうですよ‼ 僕たち、リーネさんを迎えに来たんですよ⁉ 遠路はるばる!」
「リーネ」
ルーカスやマルクも焦るような声を上げている。まさか、助けに来たリーネが、自ら残ろうとするとは考えもしなかったのだろう。
(もう悲しませちゃいけない)
千年前、クリスティーネは行ってしまった。死出の旅に。たったひとりで。
ラインハルトは、愛する彼女に置いて行かれたのだ。
(もう傷ついてほしくない)
リーネを完全にクリスティーネと同一視している彼からすれば、二度目と失いたくはないだろう。リーネは肩から力を抜き、くるりと振り返ると、エーヴァルトの手が外れた。
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