第43話 対峙

「人間風情がっ!」


 ウルリヒは不愉快そうに眉を上げ、鋭く吐き捨てる。

 殺気立った彼の髪は、以前見たときと同様に風で煽られるように揺れている。

 その顔は、既に人間のものではない。

 肩で風を切るように大股で歩いてきたエーヴァルトは、ウルリヒの数歩前で立ち止まり、怒りの浮かぶ深海色の瞳で睨みつける。


「お前が何者かは知らないが、そいつを返してもらう」


「その穢れた女は今ここで消滅する。邪魔立てするな‼」


 持っていたレイピアを突きつけるようにエーヴァルトに向けるが、エーヴァエルはすかさず剣を抜き、それを薙ぎ払う。


「えっと、どこに穢れた女性がいるというんですかねぇ? ちょっと、意味が分かりませんね。ま、まさか! リーネさんのことじゃないですよね⁉ でも、あり得ませんよね⁉ 聖女とは穢れとは無縁の清らかな乙女なのですからね‼」


 間の抜けた声が上がる。

 いつの間にか、エーヴァルトの背後には二つの影があった。


「マルク様! ルーカス様!」


 驚いて、名を口にすると、二人は揃って、リーネに顔を向ける。


「リーネ、無事かい」


 真剣な表情のマルクが、気遣うような声音で問う。

 一方、隣のルーカスは、にへらと締まりのない笑みを浮かべ、手をひらひらと振っている。


「リーネさん、御無事そうで何よりですよ!」


 心強い味方の登場に、まるで呪縛が解けたかのように、体が動く。リーネはどうにか手をついて立ち上がろうとするが、ギンっと鋭い視線を感じ、動きを止める。顔を向ければ、ウルリヒの恐怖を煽るような表情が目に入った。


「行かせるものかっ‼」


 地から響くような恐ろしい叫びをあげ、ウルリヒはレイピアを投げ捨て、反対の手に力を込める。瞬時に、黒い靄が生まれ、現れたのは魂裂きの槍だ。それを振り上げ、思い切りリーネに向かって投げつけた。


(っ……‼)


 リーネは目を剥き、息を呑んだ。だが、体が動かない。

 しかし、リーネに届く前に、すかさず駆けてきたエーヴァルトの剣が槍を弾き飛ばす。

 槍は軌道を変え、そのまま魔物たちが埋めていた長椅子のあたりに落ちる。


(あれ……?)


 長椅子で騒いでいた魔物たちの姿がない。まるで端から空席だったかのように。あれほど騒がしかったざわめきも消失していた。


「避けろっ!」


 そのとき、切羽詰まったようなエーヴァルトの声が上がった。

 そちらに顔を向ければ、急いで駆け付けようとするエーヴァルトの姿。

 その背後に、無数の黒い槍がこちらに向かっているのが見え、颯爽と駆け寄って、それらをレイピアで叩き落とすマルクと、とっさに魔法詠唱をするルーカスの姿が映る。


 ウルリヒを見れば、ニヤリと避けた口で笑っている。身の毛のよだつような愉悦に浸る笑み。ウルリヒが魔法で槍を生み出し、リーネに向かって放ったのだ。

 あまりに数が多すぎて、叩き落とすには限界がある。


「逃げて! みんな、逃げてっ‼」


 自分のことはいい。

 巻き添えにしたくはない。

 涙で視界がぼやけた。

 大した付き合いでもない自分を迎えに来てくれた人たち。

 もうそれだけで十分だ。

 覚悟を決めた瞬間、しかし、突如槍が砕けた。

 数え切れないほどの鋭利な槍は、空中で霧散する。


「え……?」


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