第35話 攫われた理由

(レーナなら、クリスティーネに引けをとらないかも)


 血を分けた双子なのに不思議だった。レーナがため息もつくほど美しいならば、リーネだって少しはそのおこぼれに預かれたって良いはずなのに。身から出るものが違うのだろうかと、本気で考えたことがある。櫛を通したり、肌の手入れをするといった違いだけでは説明がつかない何かがあるに違いないと。

 磨き上げられた貴族令嬢のような姿のレーナ。


(レーナ……心配してる、よね)


 祭りから帰って来ないリーネを心配しているだろう。


(マルク様やルーカス様も心配してるかな?)


 客人の姿が見えないと、二人とも困惑しているに違いない。

 自分のことはいい。レーナさえ、屋根のある温かな場所に居られるなら。

 マルクは、このままレーナを滞在させてくれるだろうか。針仕事の話をしていたことがあった。その仕事をレーナに任せ、レーナをお針子として雇ってはくれないだろうか。姉の腕は確かだし、重宝されるはずだ。それに、あの美貌である。お城に招かれた高貴な方の目に留まれば、玉の輿も夢ではない。


(エーヴァルトさん……)


 エーヴァルトのことを思うと、胸が痛かった。

 裏切るような形で別れてしまった、リーネ達の恩人。

 祭りの後、彼はどこへ行ったのだろう。

 涙が滲みそうになり、ごしごしと目元を拭った。


「クリスティーネ、どうかしたのか?」


 気づかわしげな声を掛けられ、はっとして顔を上げる。

 傍にラインハルトがいることをすっかり忘れていた。リーネは慌てて、眉を寄せるラインハルトに微笑んで見せる。


「どうやら、眠いようだな。悪かった。そろそろ去ろう。これからは毎晩、話す時間がとれる。焦ることはないな。夫婦の寝室を設えさせている。楽しみにしておいてくれ」


 リーネの頭を優しく撫でると、ラインハルトはすっと立ち上がり、扉へと向かう。

 去り際の台詞で、リーネは大事なことを思い出した。

 とっさに立ち上がり、ラインハルトに追い縋るように、腕を取る。

 驚いたように振り返る彼を、リーネは見上げた。


「その、花嫁って、婚儀って、一体何のことでしょう⁉」


 ラインハルトは目を丸くし、腕にしがみつくリーネを見下ろした。


「何とは……そのままの意味だが?」


「そのままって、あの」


「私と、君の婚儀だ。準備が整い次第、私たちは婚儀を取り行い、晴れて夫婦となる」


 目の前が真っ白になった。

 最初に言われたときは、聞き間違いなのではとか、違う意味なのではと思い込もうとしたのだが、今やはっきりと事実を突きつけられている。もはや疑いようもない。


「あの、でも、えっと、結婚って、そう簡単にするものでは」


「簡単ではない」


「でも、昨日会ったばかりで」


「千年前から想い続けているが?」


 不服そうに返され、怯みながらもリーネは負けじと言い返す。


「でも、あなたは生まれたばかりで、私は生まれ変わりなわけで、その意味では会ったばかりですよ?」


「『時には勢いに身を任せることも必要です』だ」


「え?」


「かつて、君が私に教えてくれた言葉だ」


 勝ち誇ったように口元だけ笑うラインハルトに、リーネはぽかんと口を開けた。

 そんなことを言った覚えがない。昨日会ったばかりなのだ。記憶違いということはない。


「千年も昔のことだ」


 リーネの心を読んだように、ラインハルトは付け加えた。


(千年前……ってことは、クリスティーネの言葉だ)


 思わず眉を寄せると、ラインハルトが切なげに目を伏せる。


「とにかく、君を招いたのは婚儀の為だ。それを覆すつもりはない」


 物は言い様だ。招いたというより、攫って来たという方が正しいのに。

 何か言わなくてはと思うのに、彼の表情をみると、言葉に詰まる。


「早く休むと良い。ここの夜は冷える」


 ラインハルトは、弛んだリーネの腕を逃れると、思い直したように、腰に手を回し、寝台へとゆっくりと誘う。リーネはびくりと身を縮ませながら、誘導のままに寝台へと歩み寄る。


 そのまま、寝台に座らされ、横になるよう促され、大人しくその通りにした。

 まるで母親がそうするかのように、慈愛に満ちた顔で、ラインハルトは毛布を胸のあたりまで掛ける。燭台の炎が、長めの前髪で彼の目元に陰影を作る。


「おやすみ、クリスティーネ」


 彼のひんやりした手が、リーネの前髪を攫い、少し体を折り曲げ、顔を近づけてきた。

 思わずきゅっと目を瞑ると、額に柔らかく、冷たいものが押し付けられる。

 何が起きたかわからず、目を開けると、間近に白皙の顔貌がある。

 思い切り心臓が跳ねた。


「良い夢を」


 囁くように言葉を紡ぎ、ラインハルトは微笑んでから、身を翻した。

 そしてそのまま扉まで行き、一度振り向き、笑みを濃くしてから、扉を開けて出て行った。

 ぽかんとしたまま、それを見送っていたリーネは、バタンという扉の閉まる音で、目を覚ます。

 リーネはおそるおそる、額に手を当てた。

 先程、触れた柔らかくて、冷たいものの正体を考え、かっと顔を朱に染める。


「キス、され……た?」


 

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