第16話 蒼き勇者と聖女の逸話

 子供たちがいなくなり、嵐が去ったような静けさが訪れる。

 チチチと小鳥が泣く声に、そよ風で草がさわさわと揺れる音まで聞こえてくる。

 リーネはほっとし、肩を撫でおろした。ニアに歩み寄り、ニコリと微笑む。


「こんにちは」


 お礼を言おうかと思ったが、それは子供たちに失礼だと考えを改める。

 子供たちは良かれと思って、リーネの元に来てくれたのだから。

 熱烈すぎる歓迎に、かなり戸惑ってしまったが。

 ニアはリーネの方を向き、少し微笑んだかと思えば、すぐに笑みを消し、不思議そうに首を傾げる。


「クリスティーネ様……?」


「え?」


「あ、違うの。ごめんなさい」


 ニアは慌てたように、両手を胸の前で振る。


「私、目が悪いの。だから、人違いをしてしまったみたい」


「そうなの?」


 言われれば、金色がかった瞳は、リーネでなく、その脇を見ているようにも見える。


「お姉さん、エーヴァルトさんと一緒に来たんでしょ? エーヴァルトさんはこの村によく来るのよ。なぜかわかる?」


 突然問われ、目を瞬かせていると、ニアはくすっと笑って言葉を継いだ。


「エーヴァルトさんって、蒼き勇者の子孫なんだって。村長が話していたのを聞いたの。蒼き勇者は、ここにお墓があるのよ。魔王との戦いの後、この地に来て、住み着いたの。なぜかわかる?」


 ニアが話すのは、千年前に存在した勇者の話だ。

 この世を闇で支配しようとした魔王を倒した幾人かの勇者の中の一人。

 エーヴァルトの先祖である蒼き勇者だ。

 また問われ、リーネは口を開きかけたが、ニアははなから返答など期待してなかったのか、また口を開いた。


「蒼き勇者は、聖女クリスティーネ様を愛していたの。この村は、クリスティーネ様の故郷だったから、きっとそれでここに来たのだと思う。そして、すぐに亡くなってしまったって。戦いが終わっても、クリスティーネ様がいなかったんだもの。きっと絶望したのね」


 ニアは大人びた口調でそう言うと、悲し気に目を伏せ、編んだ髪の先を撫でる。


「誰も信じてくれないんだけど、私ね。時々、蒼き勇者のお墓で、クリスティーネ様に会うの。緩く波打った豊かな金色の髪を風に靡かせてね。輝くような緑色の瞳で、お墓を見つめてるの。とても悲しそうに。お姉さんがね、そのクリスティーネ様に似ている気がして。だから、間違えちゃった」


 顔を上げたニアは、微笑んだ。


「目は悪いけれど、わかるのよ。クリスティーネ様とお姉さんは、同じ色をしてる」


「同じ色?」


「うん。あ! 私もお使いの途中だった! じゃあ、またね」


 ニアは唐突にそう言い置くと、元来た方へとゆっくり歩いて行った。


「う、うん! またね」


 話すだけ話して去ってしまうニアに面食らいながらも、リーネは彼女の背に向け手を振った。


「おい」


 背後から声がして振り向けば、エーヴァルトが冷ややかな表情で立っていた。


「もっと丁寧に声を掛けてくださいません? リーネを何だとお思い?」


 エーヴァルトと数歩距離を置いたところに、レーナもいた。

 どうやら、村長との話は終わったらしい。


「滞在先が決まった。行くぞ」


 さっさと歩き出したエーヴァルトに、レーナは慌てて頷いた。


「本当、愛想のない方ですわね」


 皮肉気に呟くレーナに、リーネは渋い顔で、どかどかと歩み寄り、顔を覗き込む。


「レーナ‼ さっき、助けてくれても良かったんじゃ⁉ ひとりで三人の相手なんて無理だよ⁉ いくら苦手でも、お話くらい聞いてあげればよかったと——」


「あら、リーネ。そんなに眉間に皺を寄せてはいけないわ。可愛い顔が台無しよ」


「もうっ!」


 誤魔化そうとするレーナに腹が立ってきた。


「おい!」


 とそこへ、エーヴァルトの不機嫌そうな声。


「はいっ!」


 反射的にリーネは答え、振り向くエーヴァルトに駆け寄った。

 その後ろをレーナは優雅に歩いてついてくる。

 いつまでも根に持っていても仕方がない。

 リーネはエーヴァルトの隣を歩きながら、大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えた。

 空は青々としていて、雲一つ見えない快晴だ。

 こんな良い天気だ。きっと、幸先が良い。リーネはそう思い、自然と口元を綻ばせた。


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