第17話 いざ、魔物討伐へ

 木々の密集した森の中には、どことなく殺伐とした気配を感じた。

 どこの森とも変わらず、平和的な小鳥のさえずりが響き渡ってはいるが、何となく不気味だ。でも、そう思うのは、この眼前の森から、魔物がやってくるという話を聞いたからかもしれなかった。


 顔を上げれば、灰色の雲が立ち込める曇天で、いつ雨が降り出してもおかしくない。

 湿り気のあるねっとりした空気が頬を撫で、リーネは思わず身を堅くした。

 エーヴァルトと顔見知りだという村長が快く提供してくれたのは、客人用の小さな家だった。村には宿がない。そのため、宿泊の必要な旅人が訪れたときに貸し出すのがこの家だということだった。

 本来は少しばかりの宿泊料を取るそうだが、今回はいらないと言われた。

 その代わりに、魔物討伐を依頼されたのだ。


 そして翌日の早朝。

 村長の娘さんが運んできた朝食を終えてすぐ、エーヴァルトは身支度を整えた。 

 討伐を依頼された魔物を退治にしにいくためだ。村の南東にかけて大きな森が横たわっているそうで、森の奥深くには洞窟があるらしく、そこが魔物の巣窟と化しているという話だった。

 

 以前なら、魔物が森を抜けて、人里に下りてくることなどめったになかったらしい。

 魔王に支配された千年前とは違い、魔物たちはひっそりとそれぞれの縄張りで暮らしていたのだ。

 だが、ここ最近、急に魔物が村に入ってきて、田畑の作物を荒らすようになった。

最初は山に住む動物の仕業だろうと思っていた村人たちだったが、残された足跡や、遠くから目撃したに人の証言から、それは魔物だと判断されたのだ。

 獰猛な動物であっても危険には違いないが、魔物だとしたらそれ以上だ。いつ何時なんどき人に牙を剥き、村を壊滅させようとするかわからない。そこで、村長は顔見知りだった腕の立つエーヴァルトに魔物退治を依頼したわけだ。

 

昨日のうちに、村の若い衆と洞窟の在処などの確認をすませたエーヴァルトは、さっそく行動を開始した。

村長に頼まれたのは、通常の狼の数倍は大きく、全身が真っ黒な魔物、黒狼シュヴァルツァヴォルフを三匹とのことだった。とはいえ、魔物の巣窟というくらいだから、三匹どころではないはずだった。

 

 血気盛んな村の若者たちも討伐に参加すると申し出てくれたのだが、エーヴァルトは断った。一人の方が動きやすいからと。

 

 けれど、リーネからすればひとりで討伐に行くなんて怖ろしい真似はさせられないと思った。

 律のプレイしたゲームでは、一人でも仲間がいれば、主人公が倒れても、回復薬を使うことができたり、戦闘中に逃亡することだってできる。だが、ひとりで倒されてしまえば即ゲームオーバーだ。ゲームならばスイッチ一つでやり直しが利くけれど、これはゲームではない、現実だ。エーヴァルトが倒れたらそこでおしまいなのだ。

 

 そう考えれば、非戦闘員とはいえ、治癒魔法を使えるリーネだって戦力といっても差し支えない。だから、留守番をしていろと言われても、着いて来たのだ。レーナは慣れない長旅の疲れがどっとでて、泥のように眠っている。

だが、さすがに森の前では引き返すよう言われると思っていた。それでももちろんしがみついてでもついていくつもりだったのだが。

 「邪魔だけはするなよ」と、案外あっさり認めてくれた。拍子抜けしてしまったくらいだ。

 

 とはいえ、リーネは正直、実感がわいていなかった。

 幼い頃過ごしたゼノ村でも魔物が出れば、子供の目に触れる前に大人たちが対処していたし、聖女の園は邪悪なるものを寄せ付けない結界を張っていた為、魔物など入る隙もなかったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る