第15話 エルベ村

 代り映えのない森の中から出て、村の姿が見えたとき、リーネはほっとした。

 エーヴァルトの用意した食料も底をつきかけていたし、湯あみもどころか、体を拭くこともできない環境はかなり堪えた。何より、いつも美しい姉の髪が艶を失い、白い頬に土の汚れがついてしまったのを見るにつけ、胸が痛んだのだ。

 迷いなく村に入っていくエーヴァルトを追って、レーナの手を引きながら、村に踏み込む。

 勝手知ったる村なのか、エーヴァルトは迷うことなく、村長の家へと向かった。


「ちょっと話を付けてくる」とひとり村長宅に入っていたエーヴァルトを待つ間、リーネはレーナと近くの小さな広場で、椅子代わりの丸太に腰を下ろしていた。ほぼ歩き詰めだったので、座ると容易には立ち上がれそうにない。

 

 そのときだった。

 ひょっこりと広場に現れた三人の子供たちが、リーネたちを見つけると、わーっと歓声を上げながら駆け寄って来たのだ。


「お姉ちゃん、どこから来たの⁉」


「旅の人⁉」


 年の頃は七歳前後だろうか。女の子一人に、男の子二人だ。


「ねえねえ、これ見て! 素敵でしょ⁉」


「僕のも見て見て! 大きいの見つけたんだ! 戦わせたら強そうでしょ」


「お姉ちゃん、こっち来てよー面白い場所に連れて行ってあげるからさ」


 突然、集まってきた子供たちが、ひとりは見つけた石を得意げに見せ、もうひとりは摘まんだ虫を鼻先に押し付けてきて、もうひとりは腕を取り、ぐいぐい引っ張ってくる。

 急な歓迎に目を白黒させている間に、どんどんもみくちゃにされる。


「あ、綺麗な石だね! おわっ! 虫⁉ お姉さんはちょっと虫が苦手で。なになに、何だろう⁉ 何があるのかな⁉」


 それぞれに顔を向けながらなんとか対応するが、追いつかない。

 助けを求めて横を見れば、隣に座っていたはずのレーナは、いつの間にかいない。顔を巡らせると、離れた場所にある道端の花に目線を落とし、愛でているような仕草をしている。


「レーナ!」


「あらあら、道端に咲く花とは思えないくらい、風情があるわね」


「……」


 助けてくれる気などさらさらなさそうだ。一人で三人の相手はきつい。一人くらい引き受けてほしいのに。

 妹思いのはずの姉は薄情にも、ちらともこちらを見ようともしない。そう、レーナは子供が苦手なのだ。恨みがましい目を向けていると、背後から注意するような声が上がった。


「あなたたち!」


 現れたのは、子供たちよりわずかに年上に見える少女で、赤毛の髪をおさげにしている。

 なぜか眩しそうに目を細め、腰に手を当て、子供たちを見つめた。


「ぐえ! ニア姉ちゃん!」


 子供たちはびくりとして、恐る恐ると振り返る。


「今は教会でお勉強の時間よ?」


「いっけね。逃げろー!」


「わー!」


 一目散に逃げ出した子供たちに、少女——ニアは声を張り上げた。


「ちゃんと、教会に行くのよー!」


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